頭の中でさまざまな疑問が浮かんでは消え、悶々としながらも足を進めていく。
前を歩く青年、大石はあたかも平然と私を受け入れているし、もしかしたら誰かの魂に乗り移ったりしたのかな、と突飛なことを考え始めた頃———
「着きましたよ」
大石はこちらを振り返ると笑顔でそう言った。
彼の後ろに聳える建物は大型の合宿所らしく、屋外コートではテニスをしている数人が見えた。
見覚えのあるジャージ。
やっぱりここは、私の知っている世界とは違うのかもしれない。
大石に見えないよう自分の太ももを抓った。
痛い。痛いけどそれだけだ
醒めない夢でもいい。
私の青春だったテニスプレイヤーたちが眼前に存在し、生きている。
高鳴る鼓動を抑えつつ、大石に促されるがままその入り口を跨いだ。
「竜崎先生、戻りました」
「おお、大石。ありがとう」
施設の中にある職員室のような部屋に通されると、私をここまで送り届けてくれた大石は青春学園テニス部顧問の竜崎スミレさんに軽く会釈をしてその場を去っていった。
「全く、心配したよ」
先生は困った顔で笑うと私の肩をポンポンと叩いた。
「あの、私———」
この際だから気になっていることを聞いてしまおうと言葉を発したとき「大丈夫大丈夫、聞いてるよ」と先生の声に遮られた。
どういうことだろう、と呆けていると「ご両親から聞かされてなかったんだろ?」と笑われた。
先生はそれから事の経緯を話してくれたのだが
つまり私は、両親の知り合いが経営している合宿所でテニス部員たちが冬休みの間に行う強化合宿のサポート要員、言い換えれば雑用係としてお手伝いをすることになっていたらしい。
私は前々からテニスに興味があり、きっと承諾してくれると踏んだ両親はそのことを私に言うのを忘れており、その約束すらも忘れて家族旅行の段取りを進めてしまっていたのだそうだ。
「そしてその約束を思い出したのが今日の朝。
苗字のご両親から電話がきてね。だから、苗字が何も分かっていないのは当然なんだよ」 と竜崎先生はまた苦笑した。
なんて自由な家族なんだ...と心の中で苦笑いをしたが、何も分からない私にとっては好都合だった。
「すみません、少しの間ですが宜しくお願いします」
「ああ、こちらこそ頼むよ」
その後合宿所についてとお願いしたいことについて簡単な説明を受け、地図やリスト表を受け取った。
テニスについての知識はほとんど無いに等しかったが、やらなければならないことは日常的なことばかりだったので少し安堵する。
この合宿は全国屈指のテニス部が二つのグループに分かれて行われており、私の手伝うグループ参加校は青春学園中等部、氷帝学園中等部、立海大附属中学校、そして四天宝寺中学校の4校だった。
「どの学校の生徒も全国大会レベルでファンや記者たちが少々騒ぎすぎるところが最近の悩みでね、今回はほとんど外部の人間はいないんだ。だから作業面では頼ることが多いと思う。あいつらのことを支えてやってくれ」
そう言って先生は再び私の肩をポンと叩いた。
その言葉に大きく頷く。
「よし。それじゃあたしは試合の方を見てくるから昼の用意の手伝いを頼む。地図にある食堂に行けば分かると思うからそっちで色々聞いてくれ」
そう言い残し先生は扉の外へ出て行ってしまった。
この合宿所にいるメンバーリスト表を見る。
先ほどの先生の言葉にもあったように、確かに生徒と顧問の先生たちの他には数名しか名前の記載が無かった。
食堂、トレーニングルーム、各選手の部屋...
施設案内には3階からなるこの建物の地図が載っており、注意事項や部屋の割り振りも書かれたいた。
———苗字?私の名前がある
割り振られた部屋の一つに自分の名前を見つける。
選手たちの部屋とは少し離れたところに、手伝いで来ていると思われる人たちの部屋が与えられていた。
私以外の家族は旅行だとさっき言っていたし、そもそも帰る家がどこにあるのか分からない。
ここに冬休みの間住まわせてもらえるならそれが一番良い。
突然この現実離れした世界に来たわりに私の頭は少しずつ受け入れ始めていて、
自分はなぜここに来たのかとか、どうやって夢を醒ますのかとか、つい数時間前まで悩んでいたことなんてどうでもよくなっていた。
まずは食堂へ行かなきゃ
私はローファーから履き替えたシューズをキュッと鳴らし、目的地へ向かった。