泣き虫の雨傘

王様と神官様

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「あの……、悪いチームもあるんですけど、いいチームもあるんです。自分のナワバリで不良とかが暴れないように見回ってくれたり、悪いことするヤツがいたらやっつけてくれたり」
「自警団みたいなものなんですね」
「さっきのチームはどうなのかなぁ」

「帽子かぶってた方は悪いヤツらなんです。でも、あのゴーグルかけてた方は違うんです! 他のチームとの戦い(バトル)の時、ちょっと建物壊れたりするんで大人のひとは怒るけど、それ以外の悪いことは絶対しないし、すごくカッコいいんです!」と熱っぽい声で言い切った正義が突然、立ち上がる。「特にあのリーダーの笙悟さんの巧断は特級で、強くて大きくてみんな憧れてて――」

 はっと我に返ったらしい正義が耳まで真っ赤に染めて、おずおずと座り直す。

「す、すみません」
「憧れの人なんだねぇー」
「は、はい! でも小狼君にも憧れます」

「特級の巧断が憑いてるなんて、すごいことだから」
「それ、何なんですか? 特級って」
「巧断の“等級”です。四級が一番下で、三級、二級、一級と上がっていって一番上が特級。巧断の等級付け制度はずっと昔に国によって廃止されてるんですけど、やっぱり今も一般の人達は使ってます」

「じゃあ、あのリーダーの巧断ってすごい強いんだー」
「はい。小狼君もそうです。強い巧断、特に特級の巧断は本当に心が強いひとにしか憑かないんです。巧断は自分の心で操るもの。強い巧断を自由自在に操れるのは強い証拠だから……憧れます」と、正義が気弱げにうつむく。「僕のは、一番下の四級だから」
「正義君……」

「でも、一体いつ小狼君に巧断が憑いたんだろうねぇ」
「そういえば、昨日の夜、夢を見たんです」
 ――夢?

「待ったー!」
 三人の話を聞き流しながらお好み焼きをつついていた名無は、突然の制止の声に慌てて箸を手放した。


「王様と神官様!?」
 声の主らしき人物に小狼が身を乗り出す。
 エプロン姿の大学生らしき男性店員二人。制止をかけたのは険しい顔をした黒髪の方だ。
 こちらに向かってきていた、ぶっきらぼうな店員に小狼は驚きを隠せないようだった。

「お、王様! どうしてここに!?」
「はぁ? 誰かと間違ってませんか? 俺はオウサマなんて名前じゃないですけど」
 怪訝に眉をひそめる彼の胸元には“木ノ本”と書かれたプレートがつけられている。
 半歩後ろで朗らかな笑顔を浮かべている白髪の店員の名札には“月城”と書かれていた。

「お客さん。こっちでひっくり返しますんで、そのままお待ち下さい」
「お、おう!」
 どうやら黒鋼が待ちきれずに、お好み焼きに手を出そうとしていたらしい。要点だけ告げた桃矢は、気落ちしている小狼を尻目にさっさと別の業務に取りかかっていた。

「王様って、前いた国の?」
「はい」
「で、隣の人が神官様かー」
 ファイが興味深そうに作業する二人を見つめる。

「ここのお好み焼きは店員さんが最後まで焼いてくれるんです。だから何もしなくていいんです」
「ん、そうか」と、正義の説明に黒鋼が素直に頷く。

「正義君が大人に見えますね」と名無が、
「しかられたー」と、楽しそうにモコナが耳や手を上下させる。
「うるせー。てめぇもつついてただろうが」

 ばらけた箸をすっと整えた名無は、すました顔で言った。「王様とお知り合いなんてすごいですね」
「え、いえ、さくらが元いた国のお姫様で」と、突然話を振られた小狼がまごつく。「王様はさくらのお兄さんなんです」

「お姫様……。確か、黒鋼も元いた国のお姫様に飛ばされたと言ってましたね」
「だからなんだよ」
「いえ、ただ縁遠い世界だと思っただけです。私は国を治める方々との接点などありませんでしたから」

「関係ねぇだろ。姫だろうが姫じゃなかろうがな」
 気落ちしているととったのか、慰めるように頭の上に腕を乗せた黒鋼に名無はむずがゆさのようなものを感じていた。
「お前は姫って柄でもねぇしな」
 にやっと笑った黒鋼にぐうの音も出なかった。

「で、んな縁遠いやつがなんだって、あの魔女頼ったんだ」
「言ってなかっただろ」と言う黒鋼の目がまっすぐに自分を見ていて、なぜだかふと“関心を向けられる”ってこういうことなんだと思った。

「聞いてんのか? おい」
「え、あ――会いたい人がいるんです」と、なにも繕っていない慌てたような声がこぼれて、塗装していない感情を吐露したようで、ごまかすように落ち着いた声で訂正した。「会わないといけない人がいるんです」


「この店にいたりしてー」
 横から飛んできた声に、名無は目をしばたたいた。
「次元の魔女が言ってたでしょー」と、ファイがこともなげに続ける。
 名無は黒鋼の腕を下ろしながら、微笑んでいるファイの端正な顔に惹き寄せられていた。

「知っている人、前の世界で会った人が別の世界では全く違った人生を送っている――って。名無ちゃんの会いたい人もこの世界にいるかもしれないよー」

 そういう意味か。いや、考えるまでもなくそうなのだけど。
 一瞬、“持ち主”がここにいることを知っているかのように捉えてしまった。
 誰と言ってすらいないのだから、わかるはずがないのに。

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