泣き虫の雨傘

仕える者

≪Prev [13/13]

「蟹動楽!」
 男のがなり声に、同時に視線が逸れる。

 攻撃が直撃したらしい黒鋼が吹き飛ばされ、勢いよく壁に叩きつけられていた。
 衝撃で崩れてきた瓦礫に埋もれ、姿が見えなくなる。

「黒鋼さん!」と、小狼の声が建物内に反響した。


「巧断はどうした! 見せられないような弱いヤツなのか!?」
「うるせぇ」
 瓦礫の下から出てきた黒鋼は、全身に傷を負っていた。
 しかし、好戦的な瞳はより一層煌めき、口元には絶えず笑みが浮かんでいる。

「ぎゃあぎゃあ、うるせぇんだよ」
「おれの巧断は一級の中でも特別カタイんだぁ!」
「けど弱点はある。あー、刀がありゃてっとり早く――」

 どこからともなく噴き出した水が天井を覆う。飛沫をあげ波音とともに現れた水竜が、透き通った双眸で黒鋼を見下ろしていた。

「おまえ、夢の中に出て来た――」
 答えるかのように水竜の姿が揺らぎ、大剣へと姿を変えた。
「使えってか? なんだ、おまえも暴れてぇのかよ」

「そ、それがおまえの巧断か! どうせ見かけ倒しだろ! こっちは、次は必殺技だぞ! 蟹喰砲台!」
 甲羅の表面を針山の如く尖らせたカブトガニが、黒鋼に向かって猛スピードで突っ込んで行く。

「どんだけ体が硬かろうが、刃物突き出してこようがな、エビやカニには継ぎ目があんだよ」
 悠然と構えた黒鋼が剣を振り下ろし、
「破魔・竜王刃」
 放たれた剣戟がカブトガニを貫いた。

 巧断が負った痛みは宿主である男に貫通するのか、断末魔の叫びとともに男が崩れ落ちていた。
「だいじょうぶっすか!? しっかり!」
 連れ立っていた男達が心配げに駆け寄って来る。

「も、もうチームつくってんじゃねぇか」と、介抱されていた首魁の男が息も絶え絶えに言葉を吐き出した。「おまえ、“シャオラン”のチームなんだろ!」

「誰の傘下にも入らねぇよ」
 剣を担ぐ黒鋼の瞳には今ここにいる誰の姿も映していないのだろう。

「俺ぁ生涯、ただ一人にしか仕えねぇ。知代姫にしかな」


――


「お帰りなさい」
 下宿屋に帰宅すると、嵐が出迎えてくれた。
「何か手がかりはありましたか?」
「はい」と、小狼が頷く。

「おう、みんな揃ってんな!」と慌ただしく入って来た空汰が、落ち着きなく尋ねた。「どうやった?」
「と、その前にハニー! おかえりのチューを」
 緩んだ顔で嵐に迫った空汰に、嵐は真顔で拳を握り、その細い腕で窘めていた。



「――そうか、気配はしたけど消えてしもたか」と空汰が平然と話を戻す。頭の上には大きなたんこぶができていた。「で、ピンチの時に小狼の中から炎の獣みたいなんが現れたと」
「はい」

「やっぱりアレって小狼君の巧断なのかなー」
「おう、それもかなりの大物やぞ。黒鋼に憑いとるんもな」
「何故分かる?」

「あのな、わいが歴史に興味を持ったんは巧断がきっかけなんや。わいは巧断はこの国の神みたいなもんやないかと思とる。この阪神共和国に昔から伝わる神話みたいなもんでな、この国には八百万の神がおるっちゅうんや。――八百万って書くんや」

「800万も神様がいるんだー」
「いや、もっとや。色んな物の数、様々な現象の数と同じくらい神様がおる言うんやから。八百万っちゅうんはいっぱいっちゅう意味やからな」
「その神話の神が今、巧断と呼ばれるものだと」と、小狼が目を輝かせる。
「神様と共存してるんだー。すごいねぇ」

「この国の神はこの国の人達を一人ずつ守ってるんですね」
「小狼もそう思うか!」と興味津々な小狼に、熱が入った空汰が腰を浮かせる。「わいもずっとそう考えとった。巧断、つまり神は、この国に住んでるわいらをごっつう好きでいてくれるんやぁってな」

「一人の例外もなく、巧断は憑く。この国のヤツ全員、一人残らず神様が守ってくれとる。まぁ、阪神共和国の連中は血沸き肉躍るモードになるヤツが多いけど。
 負けず嫌いやし、よう口はまわるし、ボケたらツッコむの基本やし、我が国の野球チームが買ったら大騒ぎやし。河飛び込んだりな。けどな、なかなかええ国やと思とる。

 そやから、この国でサクラちゃんの羽根を探すんは、他の戦争しとる国や悪いヤツしかおらんような国よりは、ちょっとはマシなんちゃうかなってな」

 小狼が桜の髪に触れるも、深く眠ったままの桜はぴくりとも動かない。
 それでも、やさしげなまなざしを向けていた。



「羽根の波動を感知してたのに、わからなくなったと言っていましたね」
「うん」と、嵐の問いにモコナがうなだれる。
「その場にあったり、誰かが只持っているだけなら、一度感じたものを辿れないということはないでしょう」

「現れたり消えたりするものに、取り込まれているのでは?」と、嵐が続けた。
「巧断ですか!?」
「確かに巧断なら出たり消えたりするから」
「巧断が消えりゃ波動も消えるな」

「巧断の中にさくらの羽根が……」
「でも、誰の巧断の中にあるのか分かんないよねぇ」
「あの時、巧断いっぱいいたー」
「ナワバリ争いしてたもんねぇ」

「けど、かなり強い巧断やっちゅうのは確かやな」
「なんで分かる」
「サクラさんの記憶の羽根はとても強い、心の結晶のようなものです。巧断は心で操るもの。その心が強ければ強いほど巧断もまた強くなります」
「とりあえず、強い巧断が憑いてる相手を探すのが、サクラちゃんの羽根への近道かなぁ」

 ファイの言葉に小狼が頷く。しょぼくれていたモコナもまた指針が決まったことで元気を取り戻していた。
「そうと決まったらとりあえず腹ごしらえと行こか! 今日は肉うどんといなり寿司やで。わい、出勤前に下ごしらえしといたんや。黒鋼とファイと嬢ちゃんは手伝い頼むで」


 一言も口にせず黙って座っていた名無は、渋々、重い腰を上げた。
 隣でぶつくさ文句を垂れている黒鋼に心から賛辞を贈る。
 ――私と一緒だ
 名無自身の中では至高とも言える満面の笑みを浮かべていたが、黒鋼はそれを気味の悪そうな顔で見ていた。

「おれも手伝います」
 部屋を後にする五人に、小狼が立ち上がろうとする。
 それを空汰が止めている声が、廊下に漏れてきていた。

「今日はええ。サクラちゃんとずっと離れとって心配やったやろ。顔見てたらええ。できたら呼ぶさかい」
「有難うございます……」

≪Prav [13/13(15/15)]