朝から胸の辺りがざわざわと何かを知らせるようにしていた。こういう時の感覚は大抵当たっていた為私は何か起こった時のために気を構えていたがその予感がまさかこの事とは、驚きやら何やらで一杯だった。

「その傷、一体何が…」
「失せろ…構うな」

離れた所でも漂ってきた血の匂いに近付いてみると想像以上の大怪我をしていてハッと息を呑む。使えていたあの小妖怪の姿もなく、何か大事があったのはあからさまだ。思わず声をかけたが帰ってきたのは冷たい一言、勿論そう来る事も予想はしていたが頭に来る。

「嫌です‥」
「…、失せろと言っている…っ」
「!!」

距離を詰めその痛々しい傷口に力を使おうと手を伸ばした瞬間、腹部に猛烈な痛みが走り切りつけられた事を理解した。よほど気が立っていたのだろう、どうやらほぼ無意識の中で私にその鋭い爪を振り下ろしたらしく当の本人も少しだが驚いた様な顔をしていた。

「っは、ぁ…」

結構深くやられたなと冷静に状況を理解しながら再び傷口に手を伸ばす。一瞬身構えのが分かったが気にせずそのまま力を使った。腕が無くなっているの上に私自身も傷を負っている、少し何時もより時間がかかりそうだなと思っていると疑問を含んだ声で話しかけられる。

「なぜ…」
「?」
「何故、…貴様は」
「‥殺生丸?」

途切れた言葉を不思議に思い顔をあげれば目を瞑ってそれ以上何も喋る気配のない彼がそこにはいた。妖怪と言えどもあれだけの血液を流せば流石に弱ってしまうのだろう。だが、彼ほどの強い妖怪にこれだけの傷を負わせる奴とは一体どんな者なのかと気にはなったが今は治療に専念した方がいいだろう。腹の傷もだいぶ回復していた。本格的に人間離れしてきたなと自傷的に笑みを浮かべつつ手のひらに意識を集中させ私は治療に全力を注いだ。



***



「あら、目が覚めた?」

竹筒に水を汲んで戻って来た時には既に閉じられていた彼の目が開きこちらを見ていた。その目は凄く物言いた気で、目は口ほどに物を言うとはよく言ったもの。近付けばビリビリと痛い妖気を感じた。だがこれ位なら耐えることは何て事ではない。

「なぜ助けた」
「‥貴方に聞きたい事があるから」

そう言えば少し眉間にシワを寄せじっとこちらに注がれていた視線を明後日の方へと変える。本当に気紛れな妖怪だ。先程の傷は彼自身の回復力の速さもあってかもうすっかり、塞がり着物や地面の血の後だけが傷の深さを語っていた。

「…菖蒲」
「!…名前、覚えていたの」
「……貴様人ではなかったのか」
「?今もれっきとした人間ですが」
「50年前死んだと、聞いた。…それに人は直ぐに老いていく生き物だ」

一瞬どきりとした。心臓がバクバクと脈打ち体の先まで血が巡っているのを感じる。それはちゃんと喋れているだろうかと心配に成る程に。けれどそんな心境とは裏腹に私の口は案外ふつうに言葉を言い連ねていた。

「だから…?」
「人間の貴様が何故あの時と同じ姿のまま生きている」
「…その答えは、私が貴方に聞きたい事と殆ど同じです。だから…」

胸元から小さな小刀を取り出す。目の前の彼は怪訝そうに少し表情を歪めていた。きっとこれから話す事に興味がなければ彼はあっという間にここから去って行くだろう、別にそれでもいい。

「少しだけ私の話を聞いてください」

ブシュッと何のためらいもなく私はその小刀で自らの腕に傷を付ける。どれだけ生きても人とはずる賢い生き物だ。僅かでも情報が欲しいと言うのは建前で、この時の私は誰かに話を聞いてもらいたかった、ただ其れだけだったのかもしれない。腕を伝って垂れている血が地面に落ち渇いたそれと交わる。腕の傷はもう治りかけていた。


 


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