森に薬草を取りに行った帰り、遠くから何かがこちらに向かって来ておりその途中で地面にぱたりと倒れていくのをこの目で見た。それが人だと分かっていた私は急いで駆け寄る。
「大丈夫ですか…!」
何度か声をかけたが一向に返事は帰ってこない、よく見ればどことなく顔色も悪いような気がする。なんとか抱えようと努力はしてみたものの結構な体格差があるためか、中々うまくいかず、私は急いで村へと戻り手を借りて自分の家へとその男を運び入れた。やはり心配な上、目の前であんな風に倒れられ何だか放っておけなかった私は、その名も知らない男の目が覚めるのを今か今かと待ちながら看病をしていた。
「……起きないですね」
もうだいぶ時間が経ったが目の前の男が意識を取り戻す気配は微塵もない。助けたかったがこのままでは、巫女としての勤めに支障が出てしまう。どうしようと迷いつつ、水を汲んでこようと立ち上がった正にその時だった。
「こ、ここは…」
「!」
掠れた、小さな声だったが確かに、自分のものではない誰かの声を聞いた私は慌てて振り返り傍に近寄る。
「目が覚めましたか、具合はどうです?」
「…あ、あぁ…大丈夫だ」
「よかった‥」
「……巫女さま、差し出がましいが、水をもらえないか‥?」
身なりは普通だが、女子が放って置かないであろう面持ちだ。そして何よりあの目。まるでずっと見ていたらそのまま吸い込まれそうな瞳をしており、微かに恐怖すら覚える。男の申し出に瓶へと水を取りに行きながら私心の奥には微かな不信感がうまれていた。
「はい、どうぞ」
「すまない」
が、水を受け取りながらみせたその笑顔に私はそれがただの思い違いだと答えを出した。最近色々とあったから少し過敏になっている、そうに違いない、と自分に言い聞かせる。
「あぁ、巫女さま…貴女の名前は」
「…菖蒲と申します」
この時既に歯車は少しずつだが確かに狂い始めていたが、誰もがそれに気付く事無く残酷にも時間は過ぎていった。
***
薄れゆく意識の中、美しい巫女の姿を見た気がした。次に目が覚めた時それが夢でなかった事に気付く。長い黒髪のよく似合う巫女、久しぶりに何かを美しいと思った。
"目が覚めましたか、具合はどうです?"
見た目通りの凛とした声が形のいい唇から紡がれる。気品溢れるその姿に純粋にその女が欲しいと感じた。何かを欲しいと思ったのはいつぶりだろうか、
もう世の中の物すべてを諦めてしまった俺の前に現れた巫女は、あまりにも魅力的だった。
「…菖蒲」
あの女を自分のモノにしたい。
男が開いていた手のひらをぐっと握り、その心に確かな渇欲とどす黒い感情をを灯しながら
一人薄暗い笑みを浮かべたことを誰も知る由もなかった。
***
「これは…」
いつかの妖怪の妖気、ちょうど村に戻る途中だ多少の寄り道もいいだろうと思いその妖気を辿っていく。するとその先にいたのは何時かの小妖怪…確か
「邪見…」
「!!お、お前は何時ぞやの巫女ではないか!」
「なぜこんなところに…」
「それはこっちの台詞じゃ!だいたいお前には関係なかろう」
足下で何やら騒いでいる邪見ををよそに辺りを見渡せば主人であろうあの白い妖怪の姿が見当たらない。
「…あぁ、置いていかれたの?」
「!!!!」
「そう…かわいそうに」
「うるさいわい!別にそんなんじゃないわい!」
逐一反応が面白い奴だと思い話しをしていると背後からいきなり声をかけられた。あぁ二度目だと冷静に今起こっている事を判断しながら振り返るとやはりそこに居たのは彼だった。
「殺生丸…」
「コラー!!様を付けんか様を!」
「…ここで何をしているのかと聞いている」
邪見と目線を合わせていたため自然と彼を見上げる形になる。見下ろされるとその視線はさらに冷たさを増すようだった。
「偶然ですよ、たまたま居合わせただけです」
「……行くぞ、邪見」
やはり私には興味が無いのか従者の妖怪に声をかけその場を去ろうとしていた。
「頬の傷どうしたのですか」
「お前には関係がないだろう」
「そうじゃそうじゃ!」
相手が例え妖怪であろうとどうしても放っておけない性分だ、そっと近付き手のひらに力を集中させる。その手をそのまま頬に近づけようとしたが
「何をする気だ…」
「傷を治すだけです」
「……そんな事をせずとも直ぐ治る、放っておけ」
「放っては置けない性分なのです」
そう言いながら半ば強引に頬に手を近付け力を使った。
「き…傷が見る見るうちに治っていく…!」
「…ほぉ」
妖怪相手に力を使うのは初めてだったので成功するかどうか心配だったがどうやら無事に直す事が出来たらしい。ほっとし、もう用も無くこれ以上寄り道をしても桔梗や楓に心配をかけるだけだと思い歩き出そうとした時なぜか声をかけられた。
「おい…女、貴様名はなんと言う」
「私ですか…?」
「せっ殺生丸さま?!」
「…菖蒲、と申します」
それを聞くが早いか彼は私よりも先にこの場を去ってしまった。相も変わらず変な奴だと思いながら自分の手のひらを見つめる、何時もよりも早く鼓動を刻む心臓に戸惑い、この感覚が導きだす答えは一つ。その心境の変化に私は逆らう事ができなかった。
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