02


魔女、ドクトリーヌは医者だと言う。
とにかく喋る動物が気になり、ずっと目で追いかけていると、人見知りなのか身体を隠そうとする。それがまた下手なので笑うと、ギョッとしたように目を見開くのだ。
視線に気付いたのかドクトリーヌは動き回るその生き物を手招きする。


「チョッパー、あたしの助手だよ。ヒトヒトの実を食ったトナカイさ」


彼はどうしても私の背中の翼が気になるらしい。そわそわと落ち着かない様子だ。
しまい込むのは可哀想に思えてくすんだ灰色の羽を少しだけ大きく広げれば目を輝かせている。




「私は、エリー。君と同じ、ヒトヒトの実を食べた……、モデル堕天使ルシファーの能力者だよ」





チョッパーは目を見開いて輝かせた。握手を求めるとおずおずと小さな手を差し出してくれた。何の摂理か同じ悪魔の実は同時期に存在しない。広いこの世界の中で、全く同じではなくとも、偶然出会って親しみを覚えるのには十分だ。

振る舞ってくれた暖かいスープは身に染みた。
能力について話す私とチョッパーを見つめて、ドクトリーヌは穏やかな表情をしている。


「その帽子、すごく似合ってるね」
「エリー、羽、触らせて貰ってもいいか!?」
「ランブルボール?何それ教えて?」
「ここまで飛んできたのか!?」


穏やかな食事会は終わり、チョッパーの片付けを手伝おうとすれば引き止められる。2人きりの部屋でドクトリーヌは手配書を取り出した。

灰色の大きな翼に隠れてほとんど顔は写っていない手配書。更新される前の賞金額。助手のトナカイが口にした悪魔の実と同じ、というところに興味を持ったのだろう。ヒトヒトの実、の所に下線が引かれている。決して良い紙質とは言えないものであるのに、綺麗に保存されていた。


「赤髪の船員がこんな前半の海に何の用事だい?」
「今はひとりで旅を。たまたま"黒ひげ"を追う火拳と会いまして。何か情報があれば教えてもらえると嬉しいんですが」
「"黒ひげ"、ねェ。たった5人で突如現れて去っていった、それだけさ。襲ってきた海賊のことを考えていられるほど余裕がないんだ、この国には」


やけに静かで不安定なこの島に、影響を与えるために来たのではない。見定めるようにジッと見つめる魔女の瞳は鋭く光って緩む。


「チョッパーは、気のいい海賊に憧れてる」
「…城の海賊旗も」
「育ての親のものさ。孤独なトナカイの息子を残して早く逝っちまった馬鹿な男がいたんだ」
「ドクトリーヌ、貴女が親かと」
「ヒッヒッ、預かり物だよ」


そんな軽口を叩きながらも、愛情はとても深いように見える。


「あいつは…医者が治せない傷を抱えてる」


想像に難くない。

実を食べる前から人間であり、能力によって翼が生えたと告げた時、チョッパーは少しだけ寂しそうな目をしていた。それは過去へ想いを馳せていたのだろう。トナカイと人の狭間で、過ぎて、足りず、生きてきたチョッパーの苦悩は計り知れない。

"普通"ではないことは時に重い枷になる。

きっとチョッパーも身に刻むように知ったのだろう。それを私も、知っている。


「私とあの子では…、傷の舐め合いしかできませんよ。ただ同じ痛みを持っているだけだから。貴女ほど優秀な医者でもないし」
「…そうかい。そりゃ、あたしほどの医者はそうそう居やしないよ!」
「ふふ。でも、居るかも。ドクトリーヌより凄い医者」
「生意気な小娘だ」
「凄い医者も、医者が匙を投げた傷を治せる人も、同じ悪魔の実を食べたヒトも、ホンモノの天使も、」
「………」



「海も空も、広いから。探せば、何処かに」



独特な笑いを漏らした魔女はやはり穏やかな顔をしているように見えた。


「旅には気をつけるんだよ。アラバスタは内紛、うちは襲撃、近年のこの辺は大荒れさ。その先には異常な海流の地域もある」
「…異常・・な」
「お前は海には嫌われてんだ。油断するんじゃないよ」
「ありがとう。ドクトリーヌ」


何故か内側まで風が吹き込む城の中で、もこもこと動く姿を見つけるとすばしっこく隠れてしまう。


「エリー、!っ、海賊なのか……?」
「うん、そうだよ」
「本物か…?」
「うん、ドクトリーヌが手配書を持ってる」


興味なんかないと言いたげな口振りとは別に反応する身体。海賊になりたいの?という言葉は飲み込んで海は好き?と声を掛けてみる。


「お、おれは泳げねェから!」
「ふふ、私も泳げないけど?」
「エリーは飛べるだろ?でもおれは…」


…トナカイで、と始まる言葉を遮る。


「チョッパー」
「…?」
「遠くないうちに君と海で会える気がする。だから、またね」


標高5000mのドラムロッキー。
今日のような雪が降らない日は珍しいらしい。

白い雪の中に灰色の羽根が舞った。



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