憂きに堪へぬは

「暇……」

ぽつん、と一言が孤立する。陽気な日曜の昼下がりだというのに私の気分は一向に浮かない。楽しいことがなきゃ、そりゃ当たり前だ。
休日だというのに1人の来訪者もやってこない神社。あれだけ私は巫女ではないと否定しつつ、今の私はちゃっかり巫女服を着て『巫女が作った!恋愛成就に必須のお守り!』なんてものを売ったりしている。売れ行きは、まあそこそこ。

ザアア、緑の葉っぱが風に揺れる。
そういえば、カナちゃんたちは奴良家に遊びに来てるんだっけ。あーあ、私もカナちゃんと一緒が良かったな。
ここまで人のいない日曜日だって珍しくて、まるで何か悪いことの予兆にも感じ取れる。

(こんなこと考えてたらほんとになるな…。うう、気分転換に人形完成させよう)

 未だに修復の終わっていないお守り人形をあらかじめ用意していた裁縫セットでちくちくと縫い直す。昨日の夜もずっとコレをしていたからか、欠伸が止まらない。

「だめだ!集中できない…。もう寝よう……」

 針を針山に刺し、その横に人形を置く。カウンターに突っ伏して目を閉じればすぐにまどろみに誘われた意識は場所も時間も選ばず私を引きずりこまれた。
瞬間、頭に衝撃が走る。

「……っ!?あぁっ…!」

 頭が割れるように痛い。耳鳴りがして、思わず椅子から崩れ落ちる。棚に陳列されていたお守りが全部
ひっくり返って降り注いでくる。

『キャアっ…!鼠が…!!』
『誰か、助けてッ……!』

 甲高い悲鳴が頭の中を何度もこだまして、全身の毛が粟立つ。
 浮世絵町。一番街。夜。カナちゃんと花開院さん。ネズミ。妖怪。______血。
 自分でもコントロールできない未来予知。だいたいは悪いことばかりを予見する厄介なのか便利なのか甲乙つけがたい力。多分そう遠くない、むしろすぐ起こるであろう事案だ。

「カナちゃんが、危ない、……?」

たしかに、聞こえたのはカナちゃんとあと花開院さんのものだった。
椅子にかけてあった上着を引っ掴み、急いで外に出ればすでに星がよく見える程度の時分まで時刻が回っていた。寝たのはまだ日の出ている昼間はずだったが、いつのまにか時間が過ぎていたようだ。

それからは、とにかく走った。巫女服に、その日は家との往復しか考えてなかったせいで適当に引っ掴んでしまったスカジャンがちぐはぐだ。わけわからない格好で全力疾走する女子中学生という図はいろんな人の目を引くが、それも気にせず走り続ける。
やっと一番街に着けば、独特の嫌な空気が息苦しくさせる。香水と、お酒と、果実と、精液と、血と、肉が混ざり合った嫌な臭い。

(だからここ、嫌いなんだよ……!)

面倒な獣がいるからずっと避けて着た風俗街の路地裏に怯えきった表情の少女を囲む男の集団がいた。

「カナちゃん!!!」

カナちゃんと、男達。全員の視線が私に集中する。どうやら花開院さんは気絶しているらしい。

(で、このあとどうしよう…)

考えなしに突っ込んでしまったがこれ、もしかして私も2人もものすごいピンチなのでは……?

「ええい、知るか!」

スカジャンのポケットに入れていた直しかけのお守り人形を投げつける。
妖怪に触れた途端、本来の役目を果たすためか、人形は縫い目からぶちぶちと引き裂かれて中のわたを撒き散らす。

「ぐわっ!?なんだコレ!?」

 人形の力に当てられ、男達の風貌が一気にネズミに寄る。しばらくの足止め程度にはなるだろう。目を押さえてうめき声をあげる鼠たちの中から目をぱちくりさせているカナちゃんの腕を掴み引っ張り出す。

「早く、カナちゃん!」
「え、ゆらちゃんが…」
「あとで助ける!」

 カナちゃんの手を引き、ネオン街を走る。ネオン街を抜けきり、柵があるだけの小さな神社に駆け込んだ。

「ちょっとごめんね」
「ひゃっ、どこ触ってるの!?」

どこって、胸の中央部、簡単に言うならおっぱいとおっぱいの間です。恥ずかしがるカナちゃんを宥めて手のひらに力を込める。するとカナちゃんの体を這い回っていた鼠がぼとぼと地面に落ちる。

「あいつら、一体何だったの…?まさか妖怪?!」
「うん。そうだけど…うん。ここにいる限りは平気。あいつらには見えないよ」

カナちゃんを境内の見えづらい場所に座らせる。

「花開院さんを助けに行かなきゃ…だから、ここで待っててほしい」
「だ、だめだよ! お巡りさん…そう! 警察に通報すれば……」
「警察にどうこうできる問題じゃないから。花開院さんを連れてすぐ逃げてくるから、必ずここにいて、ね?」
「え、で…も……あれ…なんだ、か……」

 喋りながら眠っていったカナちゃん。強制的に眠らせてしまったことは申し訳ないが、私がいない間に動かれるよりはマシだと思いこうした。
もし、仮に私が帰れなくても朝までには必ず起きれるだろう。その時は多分、あのことは夢か幻と思う、はず。
そっと毛布代わりにスカジャンを被せておく。最後に小さな祠に結界を張っておいた。これで、ぬらりひょんさんくらいの大妖怪以外にはカナちゃんの姿は見えない。私の力ではこれが精一杯だ。敵が弱いことを祈るしかない状況に腹が立つ。

「じゃあもうひとっ走り行きますか」

カナちゃんに花開院さんを助けるといってしまったし、なによりここで見捨てるわけもない。また一番街に向かって走る。体力の限界は近いがそれより人の生き死にがかかっている状況が怖くて仕方なかった。
先ほどの路地裏にたどり着く。そこに鼠の姿はない。横たわった花開院さんにかけよる。

「引いた……?まあともかく、花開院さん!大丈夫?!」

花開院さんの近くに膝をつき、声をかける。こういう時は揺すっちゃいけないんだよね。脳震盪がなんとかで…考える私に気づいたのか花開院さんは目を覚ます。

「ん…麻宮さん…?」
「よかった…掴まって。早くここから…」
「あ、あぶない…っ! 麻宮さ」

花開院さんの最後の言葉を聞ききる前に、後頭部に大きな衝撃が走った。





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