あかつきばかり

「ん……ここ、どこ?」

 重い瞼を開けると、今いる場所が家ではない、外のどこかだと分かり驚きから一気に意識が覚醒する。寒さを感じないのは肩にかかった上着のおかげだ。どこかで嗅いだ安心する匂いの上着を寄せる。

(確かリクオ君家から帰る途中に、ホストのお兄さんに声をかけられて、それの顔が鼠になって、ゆらちゃんが殴られて気絶したかと思ったら薫ちゃんが助けてくれて……)

「コレ……薫ちゃんの…!」

自身の体にかけられた上着はピンチから救ってくれた親友が身につけていたもの。
 空には一切の雲がなく、月明かりが蛍光灯のように自らの行くべき道を照らす。

「薫ちゃんっ…!ゆらちゃんっ……!」

じわじわと黒い、冷たく寂しい感情が心の内側から外まで覆い尽くそうとする。この状況で、どうして最悪なことが頭によぎらないものか。増して、家長カナは妖怪の成人年齢こそもう少しであれど、まだ幼さのない子供なのだから。

(警察にもなんとかできないって…。なら、誰か)

 脳裏によぎったのは四年前のトンネル事故で助けてくれた、あの人。そんな都合よく彼が来てくれるわけもないと結論づけながらもどうしてかあの姿が脳裏から離れない。

街全体を異様な雰囲気が包み込み、昼とは全く違う異界になっていることにも気付けず、不安の塊を抱きしめながら2人の友人を探す。

(やっぱり、あとはここだけ……)

 浮世絵町、一番街を前にして足がすくむ。怖い。また、鼠に襲われてしまったら?もう守ってくれる人はいない。数時間前のことだ。まだあの感覚は鮮明に蘇り、心臓が宙に浮く気分に陥る。

だけど、私が助けなきゃ、誰が助けてくれるの?

その思いで前に足を踏み出す。

「キャッ!」

 が、偶然か、それとも無意識下の恐れが外に出たのか、足がもつれて前に倒れこむ。

(ぶつかる……!)

 前のめりになった体がゆっくり倒れこんでいくのが手に取るように分かった。最後の抵抗として目を瞑る。

「大丈夫か、カナちゃん」

 誰かが小さな体躯を支え、元に戻した。恐る恐る目を開ければ、そこには四年前のあの人。
白い髪を風に揺らし、青色の羽織を夜風にはためかせる。驚いてなにも言葉にできないはずなのに、なぜか考える先に心が叫んでいた。

「っあ……、た、助けて!薫ちゃんが……!ゆらちゃんが…、ね、鼠の妖怪に……!」
「ああ。分かってる。後は任せな」
「で、でも…」
「怖かったら目ェつぶってな」

 ぽん、と子供をあやすように頭を撫でられ、微笑みかけられる。だが、すぐに表情を硬く変えた彼はネオン街の中に入っていく。

(あれ……?さっきまで1人だったのに…?)

その背中に、異形の者を引き連れて___。
_____

 どれだけ他人に名前で呼ばれても私を呼んでいるという実感は薄かった。今までいろんな苗字を与えられたのだ。はじめの方はちゃんと自分の名前くらい覚えていた。でもそれが二つ、三つ、四つ、五つと増えていくたびに自分と他人との境界が曖昧になっていくのが怖くて、一々覚えることをやめた。
だから、嬉しかった。初めて『麻宮さん』の声に自然と振り向けたこと。

 差し込む光。ぼんやりと、ぼんやりとした明かりに包まれそして目の前に花開院さんの顔が現れた。

「麻宮さん…ッ!」
「け…かいん……さ…?」

 多分この後頭部の痛みは、聞きなれない声に起こされたせいじゃない。一番痛みのひどい場所を押さえるとぬちゃ、という音がして、何かと思い手を見ると真っ赤になっていた。

「血だ……」
「ちょ、平気なん?麻宮さん」
「うん。血液恐怖症ではない」
「そうやなくて!」

なんのことだろう?頭から血が出てるってことは

「あっ、ヘモグロビン不足……」

頭を思い切り殴られたんだった。物理的に血の引いた頭が考えつく。病は気から、とでも言いたげに認識してしまうとあっという間にふらつきが襲う。

「どど、どうしよ、大丈夫?!」

慌てて挙動不審になる花開院さんの様子が少し面白くて、逆に私が落ち着けた。

「平気。私、ちょっとやそっとじゃ死なないから」

頭の痛みもふらつきもあまり気にならなくなってきた。血濡れてしまった巫女服をどうやって洗おうかと呑気に考えていれば、怒号が響く。
そちらに目を向けると派手派手しい男、微かに妖気を纏っているから擬態した妖怪が青筋を立てていた。

「陰陽少女……それにそこのおまえも俺を無視するな」

男が近づいてきたのでとっさに花開院さんを隠すように自分の後ろに下げる。

ピリついた空気にやっと頭もまとまってきた。
よく見れば私たちはネズミ用の檻に閉じ込められている。周りを囲んでいるのは多分全員妖怪だ。

正直言って、怖い。でも怖気付いたと思われれば負けだ。

「お前たちは今から処刑されるんだよこのネオンの光の中でな。どんな気分だ……?」
「処刑される覚えなんてないですが」
「あの三代目のガキが約束を破ったからな……」

私が知る中で妖怪に恨まれる恐れのある三代目はただ一人だ。

「三代目……? なんのことや……? 旧鼠、アホなことはやめるんや!! えぇかげんにしい!!」

私の後ろから飛び出た花開院さんは旧鼠に反論するが、混乱を隠し切れていない。そんな花開院さんに黒いスーツを着た旧鼠の取り巻きが近づいて胸ぐらを掴む。
旧鼠と呼ばれたことに激怒したらしい黒スーツはそのまま花開院さんの服をビリビリに破いた。

「大丈夫!?花開院さん!」
「式神持ってないてめーはただの女だよ」

そう吐き捨てた妖怪。
定刻に三代目が助けに来なかったことで私たちの人質としての価値はないと判断したらしく、私たちを食べようと旧鼠は檻の中に入ってくる。

「まあまて、お前ら。そいつ……陰陽少女じゃない方はオレがいただく。なにせ因縁があるもんでな」

取り巻きを押し除ける白スーツ。ボスの命令に従い取り巻きは檻の外に出た。現在ピンチに陥っているのは私だ。なら、花開院さんに危害が及ぶことはしばらくないだろう。じりじり後ろに下がりながら花開院さんに小さな声で話しかける。

「私が隙を作るから、花開院さんは檻の入り口から逃げて」
「なっ!麻宮さんを見捨てて逃げるなんて出来へん!……式神さえ、式神さえあれば」

ついに端まで追い詰められて髪の毛を掴まれる。

「ムカつくなぁ、その顔! その目! お前は特別だもんなぁ、お前は強いもんなぁ!」

髪を掴む腕を左に動かされ、体は飛ぶ。檻にぶつかって、また頭がくらくらした。
しまった。花開院さんと離れてしまった。これじゃあ彼女を守れない!

「いやぁぁぁぁぁ!!!!」

ついに悲鳴を上げた花開院さん。
絶体絶命。ここから私だけで逆転することは不可能だと絶望した目の前に、ふわ、と黒い霧のようなものが流れてくる。そして一気に充満する怪しい空気。けれどそれは決して心地悪いものではない。
ああ、これは。




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