約束どおりの時間に現れた奴良組三代目は百鬼夜行を引き連れやってきた。
見慣れた面々は全員が全員少々浮かれ気分に見える。普段過ごしていると忘れてしまうが彼らはこれでも一応妖怪任侠の世界の人たちだ。つまりこれが出入りってことになるんだろう。
数年ぶり、下手したら数十年ぶりかもしれない出入りにワクワク気分になるのは無理もない……かも。それはそれとして早く助けてほしいけど。
約束、おおよそ三代目を継がない云々という内容の回状を見せろと要求した旧鼠だったが、百鬼夜行の最前線に立つ白髪の妖怪は「ヤツが書いたのなら捨てちまったよ」と言った。なかなかクレイジーだ。孫が怒るぞ……。
というかこの人はだれなんだろう。孫ではないよね。まさかぬらりひょんさんの隠し子とか? ないわー。でも、雰囲気とか髪型とかはぬらりひょんさんに似てる気はしなくはない。
「ならば約束どおり殺すまでよ!」
最後の切り札である人質を盾にしようとした旧鼠だったが、その言葉と同時に青田坊が檻を破壊したため為されることはなかった。
派手な戦闘が繰り広げられる裏で、首無に連れられて花開院さんと緊張の抜けきらない私は檻から出て安全なところに避難した。
「ここから出ないでくれ。ここを離れられては、守り切れないからね。キミも……もちろん、キミも」
首無と目が合って念押しされた。視線で動かないですよーと合図を送る。
どうやら、後々のことを考えて他人という体をとってくれるっぽい。気が聞く男だ。なのに何であんな運悪いんだろう……。
とまあ、少し離れた場所にいるからか、ことの顛末をこの目で見届けることはできなかった。後々考えれば、血生臭いところを見せないようにしてくれたのかもしれない。
しばらくドンパチの音は聞こえていたが戦力差も兵の質も奴良組の方が数十段格上だということもあってか決着はすぐについた。
静かになった旧鼠のアジトから、百鬼夜行とともに地上に出る。
嫌な匂い、嫌いな空気は全て新しい朝に書き換えられていた。長い夜が開けたことに安堵が滲む。しかしそれを外に出さない理由も少しあった。
アジトを出てからいま現在まで、私の後ろには何故か例の白髪の妖怪がいるのだ。正直ずっとみられてると気まずいし困る。
「……何か用でしょうか」
意を決して聞いてみたが特に何も答えてはくれなかった。答えないならもうみないでほしい。首筋に穴が開きそうだ。首無もこういう時に気を利かせてくれれば……!
無事地上に辿り着くとすでに朝日が東から差し込んでいた。
「薫ちゃん! 花開院さん!」
「カナちゃん……無事でよかった」
「それはこっちのセリフよ! すごく心配したんだから……!」
数時間前別れた時から変化のないカナちゃんは
「ま…待ってぇ! お前が妖怪の主か!」
白髪の妖怪に噛みつく花開院さんだったが、それを飄々と躱して彼と、その後に続いた百鬼夜行は何処かへ消えた。
残された人間三人、ぼーっとするしかできなかったが背後から私たちを照らす朝日が行動を急かす。
「家まで送るよ」
「いや、うちが麻宮さんを送るわ。最後くらい陰陽師としてちゃんとしたい」
花開院さんの顔つきは凛々しい。これは譲ってくれなさそうだ。諦めて花開院さんのご好意に甘えることにした。
「へー、ここが麻宮さんの家? 聞いてた通り神社なんやね」
「うん…まぁ…住んでるのはあっちの家だけどね」
曲がった指で神社の横の木造家屋を指す。なにか言いたげな花開院さんはしょぼくれた目で眠気と格闘する私の崩れた髪をわしゃわしゃ撫でる。まるでなにかを確認するみたいにだ。
「どうかした?」
「いや、なんでもあらへんよ……」
結局花開院さんの表情が晴れることはなく、神社を後にした。朝の神社は爽やかな雰囲気に包まれている。
私服に着替えるため私室に行きやっと自分の服の状態を見た。後ろの首の部分から背中まで血が固まって茶色くなっている。これだけの流血なら花開院さんが心配するのも当たり前だ。
もう使えないだろう巫女服を部屋の端に投げ捨てる。
もうこの巫女服は捨ててしまおう。まったく、ド○キで売ってる千円くらいの安い奴じゃないんだから扱いには気を付けてたのにまさかこんなことで汚されるとは。
「まあ、カナちゃんと花開院さんの命に比べたら安いか」
そう思うことで踏ん切りをつけることにした。私服に着替えてから荷物を取りに行くため奴良家に一旦戻ろう。制服はあっちにしかないし、カナちゃんを安心させるためにも明日? いや、今日はなんとしてでも登校しなければ……、なんて考えていたら背後に人の気配を感じる。
「うわっ。住居不法侵入だぞ」
後ろに、やっぱりなんかいた。
部屋の窓に腰掛けているのは白髪の妖怪。先ほど孫の代わりに百鬼夜行をに聞いていたあの男だ。近くでマジマジと見つめた容貌はやっぱりどこかでみたことがある。白髪の妖怪は袖元を弄ってそこから小さな壺を取り出した。
「怪我してんだろ。ほら、これ」
「塗薬……?まさか、これのためだけにここに?」
「お前に怪我されると困るんだよ、主にオレが」
なぜ君が困る。とかいう疑問は聞かなかった。妖怪ってのは気まぐれなもんだ。ならその気分に乗っかってのらりくらり生きていくのが人間と妖怪の仲良く仕方ってやつだろう。塗り薬はありがたく受け取ることにした。
「ありがとう。でもいらない私の特技は怪我の治りが早いことなんだ。もう傷口は塞がったよ」
「は?そんなわけないだろ」
「……私は少し身体の構造が周りとは違うからね」
自慢にはならないし、嫌だとさえ思っているがこれで誰かが安心してくれるなら安い。上から下まで今度は私がマジマジみられる。
その間に流れる空気に耐えかねて口を開いた。
「でも、こんな私でも心配してくれる人がいるんだ。可愛い親友とかお人よしのメガネくんとか」
彼は今何をしているんだろうか。そんなことを考えてつい口元を緩める。……なぜに?
「……とりあえずそれはとっとけ。使う時くらいあるだろ」
「そこまで言われれば仕方ない。もらっておいてあげる」
私の口ぶりに「やっぱり返せ」と壺を取り返そうとした白髪の妖怪。一度口にしたことをなしにしようだなんて、男がやることではないんじゃないか。
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