旅行準備

 孫の風邪も治り、全てが普段通りに戻った。静かでは無いが、煩わしくも無い。ちょうどいい塩梅の夜だ。……夜だった。
寝る前の日課として宿題をして入れば、なにも音のしなかったはずの廊下から、どたどたうるさい足音が近づいてくる。
どうか私の部屋の障子が開きませんように。そんな願いも虚しく、スパァンッ!!と軽快な音が立って夜風が部屋に入ってくる。

「薫ー!! 買い出し!! に!! いきましょう!」
「ど、どうしたの。え、泣いてる!?」

号泣しながら部屋に入ってきたつららを受け止める。それでもおいおい泣き続けるつららに「なにがあったの?」と引き気味に問いかける。

「若が、普通の女の子が旅行に持ってくるものを、家長に聞いてたのよ〜!!」

ああ、そういうことね。
理解した。
なぜかつららはカナちゃんを敵視している。そんなつららにとって、カナちゃんのいう通りにしてくれと孫が言ったこと、その他もろもろ全部が悔しいんだろう。
「じゃあ、カナちゃんに色々聴いてくれたま……若…、さん、のためにも立派な荷物作らなきゃだね」床に伏せていたつららは私の言葉に髪を揺らしながら起き上がって、
「そ、そうよ……!恥を忍び、あの女に頭を下げた若の思い……私が無駄にしてどうするの!」となぜか燃え始めた。
敵対心むき出しだ。何がつららにここまでさせるのだろうか?

____

翌日。メモ書きに書いてあるものを買いにショッピングモールまでやってきた。平日にもかかわらず活気あふれるモール内だが、横からはため息しか聞こえない。

「はあ……若を一人にして大丈夫かしら」
「もう赤ちゃんじゃ無いんだから平気でしょ。青田坊さんもいるんだしさ。それに、若様のために『普通の女の子の荷物』を作るんでしょ?」
「そ、そうよね……! 家長に頭を下げた若に顔向けできるよう、立派な『普通の女の子の荷物』を作り上げて見せるわ!頑張れ、私!」

 そんなに張り切って作ったらすでに普通の荷物ではないような気もするが。
 発破をかければすぐに元の調子に戻るつらら。元に戻るどころかさっきよりテンションが高くなってしまっている。

「じゃあ早速氷を買いに」
「いかないからね。ほら、早く行くよ」

私たちはは女子向けの雑貨屋に入り、キラキラと輝くアクセサリーやら、文房具やらの中から旅行に使えそうなものを探すことにした。

「見て! これとかどうかしら」つららが抱え上げたのは赤べこだ。なぜ福島県の郷土玩具が女子向けの雑貨屋に置いてあるのかはともかく。
普通とは言い難いそれを嬉々として持ってきて、今にも褒めていいのよと言わんばかりに鼻息を荒くしている彼女に何と言葉をかけるべきか。
私は考えるポーズをせざるを得なかった。

「うーん、逆につららの中で普通の女の子がどうなってるのかが知りたいよ」

うーん、と唸ってからつららは「普通の女…家長は若をたぶらかそうとする悪女だし…陰陽娘は陰陽師だし……」とぶつぶつ呟き始めた。

「今聞き捨てならないことを言ったね? カナちゃんは別にま……若様をたぶらかそうとしてないと思うけど」
「薫はアホだからそう見えてるのよ! あんたのいないとこでの家長と言ったら……!」

今あほって言った?アホって。ひどい。
でもつららから語られる私がいないところでのカナちゃんの話を聞くのに夢中になっていたおれは背後から近づいてこようとする罵倒の二文字に気づかないふりをした。何も殴ってくるものでもない。
ありがたや…ありがたや…。拝んでいると突然閃いたつららははぱあっと顔を明るくして「分かった! 普通の女の子!」と声を張った。

「薫! あなたよ!」
「わ、私……が?」

つららが差した指は私の方を向いている。

「ええ。ちょっと変わった力はあるけど若をたぶらかさないし陰陽師じゃないし、理想の普通の女の子じゃない!」
「え、そ、そうかな…?」

いわゆる、普通の女の子だったならば普通であることに悩むのだろうが私は違う。
変な力を持ったせいで人にも妖にもなかなか馴染めずにいた私にとって、「普通」とは憧れの一つだった。
だから、つららの一言は私の機嫌をよくするのにぴったりの言葉で、結果、私は「普通の女の子」という麻薬を決め込んだアホに成り下がった。

「で、『普通の女の子』的に1/50スケールモアイ像は旅行に必要かしら!?」
「あり……」

今の私はつらら全肯定botだ。
女子向けのピンクで統一された店内に似つかわしくない灰色のモアイ像(一応可愛さを意識してリボンがつけられている)でも私が肯定すればつららの中ではそれが普通のものになる。
そんな嬉しさから私はつららが持ってくるおよそ「普通の女の子が旅行に持って行くもの」とは程遠いそれらを、否定することなく買い込み、結果的に奴良家の様々な人を驚かせ爆笑させることになるのだった。








 戻る/トップ