「せーの!!」
捩目山までの道中でもワカメくんは抜かりなく私たちに妖怪の知識を叩き込もうとした。
自分の集めた情報や辞書の言葉を並べたところで誰も相手にしてくれないことを学んだらしく、現在の私たちは妖怪ポーカーという名を冠した実質インディアンポーカーに勤しんでいる。
ちなみに戦歴は孫が毎回ぬらりひょんのカードを引き全勝、ワカメくんが毎回納豆小僧を引いて全敗。私はといえばたまに強いカードを引くけど、それと同じ数だけ弱いカードを引く、といったところ。つまり普通。
「捻眼山伝説伝説を知っているかな」
「いや、知らないよ」
隣でお菓子を頬張る花開院さんと顔を見合わせるが、彼女も首を横に振るばかりだ。
「そりゃー君たちが知らないのも無理はない!!妖怪先生のようなマニアの方々にしか知られていないのだよ!」
捻眼山なんて聞いたことも……あるな。何度か奴良家に出入りしてるのをみたことがある、牛鬼さんの住んでる山だと聞いたことがある。
牛鬼さんは私の顔を見ると嫌そうな顔をすしないから、比較的に優しい
妖だと認識している。たまにお菓子とかくれるしね。
「今日はそのすごい伝説とやらを聞きに行くんだ!!
そのためには『妖怪の知識』をためなければならない!さあ!ハイもう一度!!」
ワカメくん曰く、このインディアンポーカーも妖怪修行の1つらしい。まあ孫か花開院さんが勝って、ワカメくんが負けるパターンが固定化されてしまっているから修行するなら別の方法を考えたほうがいいと思うけど。
またもや一人勝ちしてしまった孫はごまかそうと笑っている。そして本来最下位……つまりワカメくんがやるべき使いっ走りをこういうのが好きだから!と快く引き受けている。
立ち上がった孫の跡を追いかけて声をかける。
「私も行くよ。荷物持ちぐらいはできるから」
「ありがとう、麻宮さん」
はじめは驚いたようだが、すぐにお礼と共に笑顔を浮かべた孫と一緒にカートを追いかける。
巻さんは冷凍みかん、カナちゃんはお茶、それでゆらちゃんは追加のお菓子。
「麻宮さんは何か買わないの?ほら、お菓子とか!」
「いらない」
バッサリと切り捨てれば孫は落胆した風にそう……と答えた。
「一度食べだすと際限がなくなるから食べないようにしてるの」
「へえ……。女の子って大変なんだね」
別に私の場合は女子だからうんぬんってわけではないけど。
二人して両手にいっぱい食べ物を持っていると、食いしん坊が並んでいるように見えることに私は気づかなかった。
____
新幹線から特急電車に乗り換え、さらにバスを乗り継ぎ、車窓から見える景色が田舎から都会に変わり、そしてまた田園風景に戻っていくのを二回ほど繰り返したのちに捻眼山の麓の町にたどり着いた。
移動だけでもかなり疲れたが、これから山を登るらしい。山の中にある「梅若丸のほこら」で例の妖怪博士と落ち合う予定だそうだ。
ちなみに、彼の別荘もまた、捻眼山の中にあるので全てはその後らしい。
「温泉、楽しみだねー」
「そうね。この階段の先にあるといいんだけど」
「……だねー」
バス停の目と鼻の先、ワカメくんが今まさに一段目を登ろうとしている階段の先は山の中へと消えていっている。これを登り切ろうとするとかなりキツそうだ。
一時間後。
「なんだよ〜!ずーーっと山じゃんか!!!」
「当たり前だ!修行だぞ!!」
巻さんとワカメくんのコントみたいなやりとりが山にこだまする。私も巻さんの意見というか、言葉に同意しかしない。ここまでの道のりは本当に辛かった。それでもここまで来れたのはみんな(ワカメくん除く)と励まし合いながらこれだからだ。
これがゲームだったならこのイベントだけで友情ポイントが100は上がっただろう。
「これ、本当に妖怪博士なんているの……?」
「人がいないから妖怪が出るんじゃないか〜たぶんね」
その「たぶんね」は関西人の「知らんけど」と同じレベルの信用度だな。よし、帰ろう。今すぐ下山してバスに乗れば夜には家に帰れる!
5月の大型連休、しかも晴天の日にもかかわらず誰ともすれ違わない。異常な静かさだけが山を自由に歩き回っているのだ。そりゃ不安にもなる。
「なんやろ、あれ……」
隣を歩いていた花開院さんが立ち止まる。彼女が見つけたのは、階段から離れた茂みの中にある小さな祠。なにか書いてあるらしいが、私にはぼんやりとしか見えない。
「梅若丸って書いてあるよ!!」
「へえ……じゃあもしかしてあれが待ち合わせの場所かな」
祠の周りを見渡してみるも誰もいない。花開院さんたちについて祠に近づく。
「意外と早く見つけたな……さすが清十字怪奇探偵団!!」
「ああ!あなたは作家にして妖怪研究家の化原先生!!」
小汚いおじさんは熱の入ったワカメくんの紹介文めいたセリフに軽く手をあげて答えた。
「これは……梅若丸ってなんですか?」
「いやぁ……うれしいなぁ〜。こんな若い年で妖怪の好きな子がたくさんいるなんて……」
「いえ。私たちは清十字くんの付き添いですから」
「またまたー。君も好きなんでしょ、薫くん」
私、この人に名前教えたっけ?
そんな疑問について考える暇もなく、妖怪博士は梅若丸について解説し始めた。
梅若丸は捻眼山妖怪伝説の主人公。
千年以上前、生き別れた母を探し捻眼山に迷いこんだやんごとなき家柄の少年「梅若丸」。この山に住まう妖怪に襲われ、この地にあった一本杉の前で命を落とした。
しかし、母の救えなかった無念の心はこの山の瘴気に当てられ梅若丸を悲しい存在に変えてしまった。
「ありがちな話……でも」
瘴気……。確かに感じないこともない。浮世絵町の一番街とはまた違う、いやな空気を確かに感じる。
これはまさかすると、何か厄介事が起こるかもしれない。
大木に突き刺さった大きな爪と爪痕を目の前に、生唾を飲み込んだ。
「ここは妖怪の住まう山だ。もげた爪くらいで驚いちゃー困る」
私たちの困惑を見透かしたように妖怪博士はねっとり絡みつくような笑顔を浮かべる。
巻さんや島くんは声を荒げて騒ぎ立てる。巻さんや鳥居さんに至っては下山を提案するほど混乱している。孫もどうやらその意見に賛成らしい。肩を組んだ巻さん、鳥居さん、孫だったがワカメくんが三人を引き留める。
「ふふ、何をビビってるんだ君たち!? ボクの別荘があるじゃ〜〜ないか!! この山の妖怪研究の最前線!! セキュリティも当然抜群だ!!」
「セキュリティ…? 妖怪相手に? 聞くかな……?」
ワカメくんの話を聞くには、使用人がたびたびこの山を訪れているがなにか出たなんて話は聞かなかったそうだ。ワカメくんの勢いを押すように妖怪博士も「いうても牛鬼なんて伝説じゃから。あの爪も誰かの作り物かもしれんしの〜」と先ほどのおどろおどろしい語り口が嘘のように冗談めかす。
「それにほら! 襲われたとしてもこっちには少女陰陽師花開院ゆらくんがいるわけだ!」
「ねぇ! ゆらくん。大丈夫だよね!?」かなり強引にこの場の全員の命を押し付けられてしまった花開院さんはポケットから取り出したポーチと睨めっこする。あの中ではお札とレシートがごちゃ混ぜになってるはずだ。
なにはともあれ、苦そうな顔をした花開院さんしか私たちには頼れる綱がないのは確かだ。
ワカメくんの案内で別荘に行く。一抹の不安は拭えない。どれだけ意識を集中しても未来を見ることはできなかった。それが不安を煽った。
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