冬ぞ寂しさ、かれぬと思へば

ぽくぽくぽくちーん。
おじいちゃんとおばあちゃんは遺影の中であんなに楽しそうに笑ってるのに、私はちっとも楽しくない。
お通夜はつつがなく進んでいた。
 いつもは家族3人で過ごしていた家にたくさん人がいるのがしんどいのか、少し息苦しかった、

『かわいそうに……一人残されてさぞや不安でしょうに』
『でもあの子、養子だそうよ。これまでもいろいろなところを追い出されてた……』
『やだ、じゃああの子は不幸を呼ぶ烏みたいね』

 周囲から聞こえる声に耐えかね、耳を塞ぎたくなる。こんな時に限って聞きたくもないことが聞こえるのは多分、神経が弱ってるからだろう。
 目尻に滲んだ涙を黒い袖でぬぐう。

(だめだ。しっかり今後のこと考えなきゃ。お葬式の準備はぬらりひょんさんがやってくれたけど、他のことはちゃんと私が)

 でも、二人とも死んだのに私はここに居続けれるのかな。また他のところに行くのは嫌だ。
おばあちゃんたちや、カナちゃんが、大切な人が、ものが、家がある。たくさん、たくさん。
 ここにいたいけどいられない。居るためにはどうすればいい?

 そんなことを考えていればお葬式は終わっていた。
 片付けも終われば家は元どおりになる。料理の匂いが漂ってきそうな台所、座布団の散らかった生活感のある居間、電気に照らされ庭が見える軋む廊下。でも深夜だということを踏まえても、人気のない家は閑散としていて嫌になる程寂しかった。

 花の匂いが充満した仏間の片隅に蹲る私の頭を誰かが撫でる。

「大丈夫かい、薫ちゃん」

ぼやけた視界に間伸びしたシルエットが映る。こちらに向けられた優しい目線に固まっていた心の端が溶ける。

「ぬらりひょんさん。はい。あの、お葬式のこととか私ができないこと全部引き受けてくださってありがとうございました」

この人どこから入ってきたんだろう。まあ、そんなことは今はいい。気持ちを一新するため正座する。

「ちゃんとがんばります。今までも、ずっと一人だったわけだし、私ががんばらないと……わ…たし」

 人前では泣かないって決めてたのに自然と溢れてくる涙は止まらない。袖口がぐちゃぐちゃに濡れて目尻が赤くなってきた時、言うまいとしてきたことが口に出た。

「どうしよう…わたしここにいられないかもしれない……」

 それが一番気がかりだった。私は養子で、今までいろいろな家を転々としてきた経歴があるわけで、もし、大人の人が一言「ここを出て行け」といえばそれで終わりになってしまう。
何もできないことが悔しくて、嘆かわしくて、辛くて、苦しくてたまらない。

「おいおいそんなに泣かんでくれ。薫ちゃん、よかったら、全部おじいちゃんに任せてくれれるか?」

ぬらりひょんさんは高価そうな着物が汚れるのも厭わず私の涙を拭ってくれた。それに私はひどく安心してその場の勢いでうなづいてしまったことに後悔はない。

____

 「私がこの街から離れないようなんとかしてくれる」というそんな約束をしてくれたぬらりひょんさんに手を引かれて、今度は大きなお家に向かった。
 とにかく、大きい。まず、門から玄関までの距離が普通にうちの参道の半分くらいある。それにこの手の日本家屋には珍しく二階建てだってのも目についた。

 珍しげにキョロキョロと見回してみると、どこからともなくぴよぴよーっと黒い小さな烏が飛んできた。しかもこっちを見てやたらとビビって勝手に警戒態勢に入られている。やんのかこら。

「この子に飯を用意してやってくれんか」

ぬらりひょんさんの一言で小さな羽を動かして家の中に入っていった。その後に続いて私も家にお邪魔する。
この家には妖怪がたくさんいるらしい。ところどころから視線やら話し声を感じた。

「ぬらりひょんさん、ほんとに妖怪だったんですか……」
「まあのう。人の家に入り込んで茶を飲むくらいしかできんがな」

 わはは、と快活に笑うぬらりひょんに連れてこられたのは客間。
ぬらりひょんさんに促されてしばらく待っていると御膳の上に大盛りのご飯やら、おかずやらが乗っかってるお盆を若草みたいな女の人が私の前の机に置いた。
そういえば、連絡を受けてから多忙にかまけてろくにご飯を食べてなかったっけ。

「お口に合えばいいんだけど〜」

朗らかに笑う女性に軽く頭を下げてから手を合わせる。

「いただきます」

ご飯を一口食むだけで暖かさが溶ける。気づくといつのまにかご飯がしょっぱくなっていた。

「ゆっくりでいいのよ。大変だったでしょう?」
「あ、りが…とうございます……」

震えていない声を小さく絞り出す。女の人は私のことをそっと抱きしめてくれた。その優しさに私はやっと安心することができた。


「若菜さん、薫ちゃんはどうじゃった」
「泣き疲れてぐっすり寝てますから後でお布団まで運んであげないと」

 すっかりご飯を食べ終えてから丸まって寝息を立てる薫の顔は安堵しきっていた。まるで不安が全て取り払われたような、全てが終わったような。




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