「げえ、お前は!」
これで何回目の反応だろう。
「どなたの勘違いしているかは分かりませんけど多分別人ですから」
それだけ言い放って一つ目の大男の横をすり抜け台所まで廊下を急ぐ。こちとら始めて総会とやらの準備を手伝っていて忙しいのだ。構ってる暇はありませんで。
こんにちは、薫だよ。きらっ。
みたいなテンションではないのでやっぱなし。ぬらりひょんさんに手を回してもらったおかげか葬式が終わってから数ヶ月経っても役所の人があれこれ言いにくるなんてこともなく、私は以前と変わらない平穏な暮らしをしていた。
ぬらりひょんさんの影響力がそれだけすごいということか。やのつく人、それもドンとまで行くとやっぱりすごい。
今の私はこのお屋敷…奴良家と神社の家の二つで生活が成り立っている。
学校にはしばらく行ってないが何も言われてないしそもそも行きたくないし平気。多分。たまに神社までカナちゃんが遊びついでにプリントだとかを運んできてくれるから寂しくもないし勉強も滞りない。
こ数週間の間に生活拠点は神社から奴良家に移った。
それはこの家の人たち、ぬらりひょんさんも、若菜さんも、住み込んでいる妖怪たくさんたちも含めてよくわたしをご飯やら遊びやらに誘ってくれたおかげだ。精神的にもだいぶ回復できたのだろう。心も足取りも軽い。
「こっち終わりました〜。他に何かできることとかありますか?」
「もう大丈夫よ。人手が足らないもんで、人間なのにこんな夜分にすまないねぇ」
申し訳なさそうな色っぽいお姉さん、毛女郎さんにフォローを入れつつ三角巾を取ると落ちてきた髪が暴れる。しばらく切っていないせいでボサボサに伸びた毛先を指で弄ぶ。
「あらら、ずいぶん髪が伸びたね。こんど雪女にでも切ってもらいな」
「そうします」
毛女郎さんに見送られ台所から別棟の部屋まで戻る。これから総会が終わる時間まで仮眠をとるためだ。
ぼんやりしながら廊下を歩いていると遠くから喧騒が聞こえた。興味本心で近づくと、
「だから、僕はもう寝るから!総会には参加したくないって言ってるだろ!」
という声変わり前の少年の声が耳にキンキン響いた。大声の主を壁越しにこっそり覗くとそこにはいつぞやのリクオくんがいた。
まさかこんなところで彼の顔を見ることになるとは、と感嘆していると頭上から「若……」と声が聞こえた。いきなりのことに肩を揺らす。
「うっわ、一声かけてよつらら…」
いつのまにか自分の上から同じ方向を覗くつららが涙ぐみなぐんでいる。徐に「ぬ」のハンカチを取り出したつらら。
「いつもあんな感じなの、『若様』って」
「以前は自分から総会に参加するほど乗り気だったのに、今ではあのご様子……妖怪が嫌いになっちゃったのかしら」
さめざめと涙を拭う彼女は護衛役で側近だというし、余計自分の主人の現状が悲しいんだろう。とはいえ事情も知らない私じゃあ慰めることもできない。
「妖怪任侠の若頭も大変なんだなぁ」
「それは当たり前よ!若のあの小さな肩には奴良組の未来が」
あ、そういえばつららって「若様」の話になると強烈に長いんだった。
思い出した時にはもう後の祭りで、つららの若様マシンガントークは止まらずに私を撃ち続けた。このままタップダンスを踊り続けるわけにはいかないと気を立て直す。
「あー、はい。うん。分かったから、それはそうと、私はもう寝るね!」
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