「またやってる……懲りないね奴良くんも」
隣の席のメガネくんのこと、どっかで見たと思ったらそうだった。彼はぬらりひょんさんのお孫さんだったのだ。
いやまさか大きな家とはいえ、将来の家主の顔をまともに覚えれるほどの機会さえなかったなんて思ってなかった。
でも今ならちゃんと見分けられるよ。検索ツールの私はロボットではありませんの質問で「孫の顔を選べ」って出てきてもいまならちゃんとメガネの少年を選べる。
「おはよう麻宮さん」
まあ、本人も気づいていないようだし、とりあえず私が彼の家で奉公人まがいのことをやってることは黙っとくことにした。ここでわざわざお世話になってますとか言って気まずくなるのも嫌だしね。
そんな私の考えもつゆ知らず、目の前の彼はせっせと黒板を綺麗にしている。多分もう一人の日直の井上にでも頼まれたんだろう。
日直だからって早起きした上に自転車かっ飛ばしてまで早く来たのに全く意味なかった私の気持ちである。
肩を落として、ついでに鞄も机に置いた。
「はぁ……貸して」
黒板に近づき、彼の手から黒板消しを強引(当社比)に奪い取る。
「えっでも頼まれたことだし僕が……」
「あのね、頼んだのは私じゃなくて井上くんでしょう。だから私がする。朝からありがとうね」
遠回しに伝えた『邪魔』を彼が理解できたのかできなかったのかはともかく、さしもの鈍感くんでも拒否されたのはわかったらしく申し訳なさそうに苦笑いを浮かべた。
「で、でもなにか僕にできることがあったら頼ってよ!」
そういうことではなくて。誇らしげに胸に手を当てた孫にため息が出る。
ここ数日、隣の席から孫を観察していて分かったことがある。
それは彼がいい人になろうとしていることだ。いい人間になろうとするのは結構だが、いきすぎれば都合のいい人にしかなり得ない。当然、行動が行きすぎている孫は様々な人間にいいように利用されている。本人は気にしていないのか、あるいは気づいていないのか…ともかく、善意を言いように使われているのをを見て、なんとも思わない私ではないのだ。
改まって孫と向き合い、「じゃあ頼み事があるんだけど」と言うと今度は顔を明るくして「なんでも言ってよ!」と返された。
「私はあんたをいい奴だと思ってる。けど、都合のいいやつになって欲しいとは思わない。だから、これからは適度に頼み事も断ってよ。あんたがいいように使われてるの、正直見てらんない」
恩人の縁者だし、甘やかす気も馴れ合う気もなくても多少は構ってしまう。
それに隣の席になってから時間はそうたってないが奴良くんのパシられ具合は流石にひどいと感じている。頼む方も悪いけど、それを本人が喜んでやってるのも問題だと思うのだ。
だからこうやって注意してみたのだが、彼が俯いて震えているのを見るとどうやら逆効果だったらしい。
「う……い」
肩を震わせた奴良くんは次の瞬間にはクラス中に聞こえるほど大きな声を張り上げた。
「普通の人間の麻宮さんに何がわかるっていうのさ!」
そう叫んだ孫はつらそうに顔をしかめ、教室から出て行ってしまった。
「普通の人間」というひと言が刺さる。一応、普通ではない人間側なので。彼の背負っているものをよく
「安易に踏み込みすぎたかな……」
後悔してももう遅い。
真面目な彼は授業をバックれることこそしなかったが、こちらを見ようともしないし話そうともしなかった。
「青田……じゃなかった、倉田くん。時間ある?」
用があって校舎裏まで向かうと狙った通りそこにはヤンキーをボコボコにしている青田坊さん人間verがいた。一応、『若様』の護衛でここにいるはずだが、青田坊さんはなぜか最近、ここらへん一体のヤンキーをまとめることに躍起になってるらしい。
にしてもヤンキーに囲まれる姿が似合いすぎている。だがここで怯んではいけない。ここで恐れて仕舞えばこの後にはヤンキーたちの私に対するエロ同人的反応が(自主規制)。
周りに侍らせていたヤンキーを追いやって、私と青田坊は非常階段の下の方の段に腰掛けた。
周りにいた世紀末戦士崩れみたいな人たちについて聞けば、なんでも熱い拳の交じり合いの末にひっつき虫になったとか。漫画とかで聞いたことのある展開だ。
世間話もそれくらいにして、本題を切り出す。
「若様のことを教えて欲しいの」
「若のことか?なんだ、珍しいじゃねえか」
買ってきたイチゴミルクのパックをお礼代わりに渡して、二人並んでちゅうちゅう吸う。青田坊さんみたいな大きな人がイチゴミルクを飲んでるのは結構シュールな絵面だ。
そして聞いたのは、孫がどうしてあんな性格になってしまったのかについて。
小学校の頃の落石事故はよく覚えている。カナちゃんが巻き込まれたと聞いて取り乱したことは、数年前と思えないくらい鮮明に覚えている。
その時に身に染みて感じた妖怪の卑しい部分…人間を搾取して生きる妖怪の在り方が、孫が自分の血の4分の1を嫌いする理由だそうだ。
「……でもどうして今そんなことを聞くんだ? お前、よく若に興味はないって言ってただろ」
「若様と喧嘩したんだ」
「……それ、雪女には黙っとけよ」
当たり前だ。だから青田坊さんに相談してるわけだし。
私の余計な一言で孫を怒らせてしまったなんて、彼女が聞いたらえらいこっちゃになる。具体的にいうと凍らされて学校の門前のオブジェになる道を転がり落ちてしまう。像の名前は「雪女に凍らされた女子生徒」とか……。
そこまで考えて身震いした。この話はやめよう。早急に孫に謝って事態を治める。私のためにも孫のためにも。
立ち上がり青田坊さんに頭を下げる。
「…ありがとう。倉田くん」
「若は心が広い方だ。謝れば許してくれるだろうよ」
「うん。ちゃんと謝って仲直りする」
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