この指とーまれ。
「あのジャマルッディンって人、めちゃくちゃ強そうね⋯!」
「うん。重量級のテクニックに、あのスピードとテクニック⋯⋯手強そうね」
「さっすが帝丹高校空手部首将!目の付け所が違うのぉ〜」
蘭ちゃんの解説を聞きながら、ぐびりとココナッツウォーターを口に含む。混む前にと、さっき売店で購入したものだ。
「テクニックねぇ⋯⋯」そのまるで興味ありませんと言わんばかりの声色に、わたしはきょとりと視線を向ける。隣では、工藤くんがまだ眠そうな眼差しで会場を見下ろしていた。意外にも、興味は薄いらしい。頭脳派だからかな、なんて。そんなことを思いながら、工藤くんの向こう側でお行儀よく座っているアーサーくんに手を振るう。
「っていうか。なーんで現地のガキンチョが此処に居んのよ」
気づいた園子ちゃんが、訝しげに目を細めた。「おはよう。よく眠れた?」「うん!」なんて。ナチュラルに会話をしていたが、そういえばなんでこんな所に?
かくりと首を傾げれば、アーサーくんがははっと困ったように苦笑を零す。
「なんか懐かれちまったんだよ」
そう言って、工藤くんは後頭部に腕を回した。好きで連れてきたんじゃない。そう言いたげな口調だったけど、昨晩、アーサーくんは工藤くんの部屋で過ごしたはずだし、親が居ないと言っていたからそのまま連れてきちゃったのかもしれないな、なんて。わたしはちょっと嬉しいけど、その前にまずなんでこの席順?
チラリと蘭ちゃんを窺えば、やけに真剣な顔をして選手の動きを観察していた。プールでは楽しそうにしていたし、とくに怒っている様子もなかったけれどやっぱりなにか思う所があったのだろうか。工藤くんを見れば、つまらなさそうな顔どころか、欠伸まで噛み殺している始末である。
はて?なんて二人を見比べているうちに、「あっ!きたきた!真さん!」──ようやくお目当ての京極さんがコート上に現れたのだった。
京極さんの試合は、あっという間に決着がついた。いや、ほんと一瞬だ。ひとつ、瞬いたうちにいつの間にか相手選手が居なくなっていた。
「きゃ〜!真さんかっこいい〜!」
きゃあきゃあと蘭ちゃんの肩に縋りついている園子ちゃんの黄色い声を耳に、ただぼけ〜とコート内を見下ろす。⋯ん?いまなにが起こった?
「こえ〜⋯」
「⋯ねぇ。京極さん、なにしたの?」
「あ?ただのパンチ」
なるほど。パンチ。ただのパンチで、人があれだけふっ飛ぶのか。工藤くんの言葉に、ひとり、しみじみと頷いていたら突然、蘭ちゃんの電話が鳴った。
なんでも、毛利さんが会場に入れないで困っているとか。電話を切ったあと、「ちょっと私行ってくる!」──蘭ちゃんが慌てて席を立つ。
その背中と、当然のように着いていく工藤くんとアーサーくんに手を振って、またひと口、ココナッツウォーターを煽る。
「あれ。なまえは、着いて行かなくて良かったの?」
「ん?なんで?」
「だって、あんた。こういうのあんまり興味無いでしょ」
園子ちゃんが、そう言って口端を釣り上げる。あ、バレてたや。それに、わたしはちょっとだけ苦く笑ってぐっと腕を前に伸ばした。
「興味無いって訳じゃないけどね。慣れてないってだけ。」
「ふ〜〜ん?⋯別に、興味なくたって怒んないわよ。真さんの応援さえしてくれれば!」
「もちろん。京極さんの応援はばっちりしてるよ!」
ちょっと、一瞬すぎて応援する暇もなかったけど。とはさすがに言えずに、ぐっとサムズアップで答える。「まあ、でも。また当分出番ないし、ちょっと休憩してきたら?」そういう園子ちゃんにわたしは少しだけ逡巡してからゆっくりと首を横に振った。
「んーん。大丈夫。ほら、戻ってくるまで席取っとかなきゃいけないし。園子ちゃん行っておいでよ」
「⋯なるほど、それが理由ね。あんたって見た目によらずそういうとこ意外と律儀よねぇ」
「あれ?それって褒めてる?」
唇を尖らせて見せたわたしに、園子ちゃんがからりと笑った。京極さんの試合を間近で見たばかりのせいか、頬杖を付いたその顔はやけに楽しそうだ。
「褒めてる褒めてる。アタシ、あんたのそーいうとこ、嫌いじゃないのよね」
「へ?」
その細めた目尻にぱちくりと、瞬く。まるでわたしに言ったというよりも、なんだか呑み込むみたいな変な言い方だ。「げぇ、あの人も強そう⋯!」そのまま、京極さんのライバルを眉を歪めて観戦しだした園子ちゃんにわたしも大人しくコート内に視線を戻す。はやく京極さんの出番こないかな、なんて。いますぐ声を上げたくて、なんだか唇がむずむずした。
◇
「はぁ〜⋯真さん、カッコよかった⋯!」
「ほんと、さすが強かったわね!京極さん!」
「うんうん!」
そう、両手を胸の前で組み合わせる園子ちゃんに、蘭ちゃんとふたりで笑い合う。あれから京極さんは一戦も負けることなく、無事に準決勝進出が決定した。京極さんの試合を食い入るように見詰めていた蘭ちゃんも、まだ興奮冷めやらぬようすで頬がうっすらと赤く染まってる。
久々に大声を出しすぎたせいか、喉がちょっとだけひりひりした。この近くに、地元料理が美味しいお店があるんだって。そう声を弾ませながら肩を並べて廊下を歩く。
「真さん⋯?」
控え室の前に着くと、わたしと蘭ちゃんは示し合わせたように口を閉じた。コンコンっと、園子ちゃんが控えめに扉をノックする。「園子さん?」──扉から顔を覗かせたのは、当然ながら、私服に着替えた京極さんだ。
「なかなか来ないから見に来ちゃった!」
「お待たせして、すみません」
「んーん!じゃ、みんなでお昼食べに行こう。私、行きたいお店があって──」
わたしは、入れ替わるように颯爽と扉から出て行ったレオンさんの背中を、なんとなく目で追いかけた。その間にも、流れるように会話が進んでいく。
「あっ。ごめん、園子。食事は三人で行ってきて」
ほんっと、ごめん!──パシンっと響いたその音に、わたしはゆるりと視線を戻した。蘭ちゃんが顔の前で手を合わせ、申し訳なさそうに眉を下げている。
「えー、なんでよ?」
「新一が宝石の警護で、ここ離れられそうもないからさ」
「そっか〜。じゃあ、しょうがないわね。それなら三人で行きましょ」
ちょっとだけ残念そうにしながらも、促すように園子ちゃんが歩き出す。その背中に釣られるように、足を一歩踏み出したところではたと気付いた。⋯あれ?これってお邪魔じゃない?
「あ。そういえばわたし用事あったんだ!」
わずかに声を張り上げれば、ふたりが揃って振り向いた。きょとんと瞬いたふたつの顔に、眉を下げながらひらりと片手を上げる。
「ごめんね。二人で行ってきて?」
「も〜なまえまで?いいわよ。真さんと二人で美味しいランチ食べてくるから」
べぇっと、軽く舌を出しながら園子ちゃんが曲がり角へと消えていく。黄緑色のブラウスが完全に見えなくなるまでを、蘭ちゃんとふたり、笑いながら見送った。真さんにいっぱい食べて欲しくてね、なんて。弾んだ声色がやっと聞こえなくなってから、ひらひらと振っていた手をそっと横に下ろす。
「⋯⋯良かったの?」
「ん?」
「ご飯、楽しみにしてたじゃない」
蘭ちゃんを見上げれば、まだ片手を上げたまま、廊下の先をじっと見詰めていた。さすがにちょっと露骨すぎたかな。もしかしたら園子ちゃんにも気づかれているかもしれない。一度、ぱちりと瞬いて、へらりと笑う。
「うん。園子ちゃんが嬉しそうだから」
「もう。なまえってばいっつもそれ」
「蘭ちゃんだってそうじゃないの?」
「私は⋯⋯まあ、ちょっとはそうだけど。でも、新一が気になるっていうのは本当だし⋯」
「そっか。⋯あれ?じゃあ、蘭ちゃんお昼どうするの?」
どこかまごつきながらもそう言った蘭ちゃんに、わたしはきょとりと首を傾げた。工藤くんとアーサーくん、ついでに毛利さんもあれから戻って来ていなかった。迎えに行ったはずなのに、戻ってきたのは結局、蘭ちゃんだけ。なにかあったのかなと思っていたけれど、どうやらそのまま宝石の警護に付いたらしい。
「うーん⋯⋯⋯お昼は、いいかな」
「お腹空かない?」
「大丈夫。新一見とかなきゃ」
その険しい表情に、わたしはますます首を傾けた。まるで試合を観戦してた時のような、ちょっと声を掛けづらい眼差しだ。
え?工藤くんなにしたの?忘れかけていた疑問が、再びひょっこりと顔を持ち上げた。
「⋯⋯工藤くんと、なにかあった?」
「えっ?!ううん!何もないよ!!」
「そう?」
「そうそう!!キッドって聞くなり警護に付いちゃうなんて、あいつってばほんと勝手よね!!」
「うん?そうだね?」
「そ、そういうことだから!なまえはお昼行っておいでよ!ね?!」
ん?つまりどういうこと??──ぐいぐいと肩を押されるまま、ひとまず足を前に動かす。たとえ、ここで一緒に残ると言ったところで、蘭ちゃんはきっと微妙な顔をするんだろう。とりあえず、蘭ちゃんがお昼を食べないということは分かったので、大人しく転ばないことに専念する。う〜ん⋯⋯?
「あっ。なら、なんか買ってこようか?」
首を捻りながら声を掛けたわたしに、蘭ちゃんの足がやっと止まった。「え?」──くるりと背後を振り返り、目を丸めた蘭ちゃんの顔をにっこりと受け止める。
「テイクアウトできそうなお店、探してみるよ」
なに食べたい?──そう笑顔で聞けば、ようやく蘭ちゃんが少しだけ笑った。なんだか困ったような、呆れたような笑みだったけれど、さっきよりはずっといい。
「じゃあ⋯⋯お願いしようかな」
「もちろん!任せて!」
そう言って、わたしは軽く拳を握った。