たわしの心臓が恨めしい

「んーー···すっごい人混み···」

ジリジリと照りつける太陽光に、被っていたキャップをずらして汗を拭う。現地の人だけじゃなくさまざまな国の人たちがぎゅうぎゅうに集まっているのはさすが観光名所といったところ。早速、マーライオンに感動して走っていった蘭ちゃんと園子ちゃんを元気だなぁと見送って水を一口飲んだけど、首筋から流れる汗のおかげですこしも体内に留まってくれる感覚がしなかった。

「風よ〜吹け〜」
「なにやってんだよ」
「あれ?工藤くん」

すこしでも熱気を散らそうと、両手をぐんと広げて風を浴びていたら後頭部を軽く小突かれた。ズレたキャップを抑えて首だけで振り向けば、工藤くんが残念な子をみるような微妙な表情を浮かべて立っていた。たしか、工藤くんは早々に熱さにやられた蘭ちゃんのお父さんを介護していたはずで、工藤くんひとりだけの姿に小首を傾げる。

「毛利さんは?」
「ああ、おっちゃんなら」

そう言って、背後を親指で指した彼にならって目を向ければ木陰のベンチでダウンしている毛利さんの姿があった。四肢を投げ出して背もたれに身を預けているその額からは滝のような汗がしとどに垂れていて、すこしも大丈夫ではなさそうだ。

「なるほど、死にかけてますね」
「平気だろ」
「うわあ、冷たい」

そう言いながら肩に提げていたトートバッグからごそごそと一本のミネラルウォーターを取り出して、工藤くんに軽く放る。予備にたくさん買っといてよかった。パシリと子気味よい音を鳴らしてしっかりと受け止めた工藤くんがなにか言う前に「水分補給は大事だよ!」とへらりと笑って、小走りで毛利さんのところへ向かった。

かなり滅入っている毛利さんとベンチに並んで大人しく蘭ちゃんたちを待つ。毛利さんに水を渡して、新品のハンドタオルを濡らして「首に当てたらいいですよ」と手渡したら掠れた感謝が返ってきて、雑踏から離れた木陰にいるからかここだけのんびりとした空気が漂っている感覚だった。ちょっとだけ感じる風に、身体に溜まった熱気が離れていくのが心地よい。それにしてもコナンくんが来れなかったのはすこし、いやとても残念だ。ぶらぶらと足を揺らして、遠くにいる3人を眺める。その近くにちょこちょこと可愛らしい姿がないのは寂しいけど、蘭ちゃんが幸せそうに破顔しているのは工藤くんに変わってほしいくらい愛らしい。ほっこりと観察していたら、こちらに気づいた園子ちゃんが大きく手を振って叫んだ。

「そろそろ行くわよー!」
「はあい!いまいくー」

毛利さんにも声を掛けて、よいしょと立ち上がる。また溶けるような陽射しの下にでるのかとうんざりするのは毛利さんも一緒のようで、だらだらと気の入らない足取りで着いてくる毛利さんを気にしながらのろのろと3人の元へ向かう。

「あれ?コナンくん?」

徐々に近づく蘭ちゃんたちの傍に、遠くからはみえなかったが小さな少年がいるのに気づいた。かくりと小首を傾げれば園子ちゃんがうししと愉しそうに笑った。

「あのガキんちょにそっくりよね〜」
「似てるけど現地の子みたい。アーサー・ヒライくんだって」
「アーサーくん···ほんとコナンくんみたい」
「ね!私もびっくりしちゃって!」

似てるとかそっくりとかの次元じゃなく、肌の色が黒くなったコナンくんだ。瞳の色も骨格も体型も、髪型だってコナンくんとおんなじで、違う箇所は黒縁メガネをしていないのと肌の色だけ。世界には似ている人が3人はいると言われているけど、こうも瓜二つなんだろうか。じーっとアーサーくんを見ていたら、びっくりさせてしまったようで狼狽えて工藤くんの後ろに隠れてしまった。

「こんにちは。わたし、なまえっていうの。よろしくね、アーサーくん」
「あ、···うん、よろしくね」

怖がらせないようにしゃがんで、へらりと笑えば工藤くんの後ろからひょっこり顔をのぞかせたアーサーくんが少しだけ視線をさ迷わせてぎこちなく笑った。かわいい。抱きつきたいけど怖がられるだろうか。両手を広げてもんもんと考えていたら、不審者をみるような警戒した眼差しでアーサーくんがじりじりと後退していく。

「えっ、と、なにかな、?」
「ちょっと衝動を抑え込もうと頑張ってるとこ···あっ」
「馬鹿なことやってねぇで行くぞ」

わきわきと指を開閉して、アーサーくんと視線をぶつけ合っていたら突然、視界が明るくなった。バッと上を向けば、真っ白いキャップが細い指先に摘まれて宙を踊っていた。工藤くんはキャップをくるくると人差し指で器用に回すと、それを当然のように自分の頭に被ってみせた。刺さるような陽射しに瞳を細めて工藤くんを見上げれば、にやりと不敵な笑みが返ってくる。顔がいいとなにを被っても似合うからずるいなぁなんて唇を尖らせる。

「うんしょ」
「ババくせぇ」
「ひどい」

声をだして腰を上げれば、揶揄した笑いが飛んできた。それに軽く言い返して、トートバッグを漁る。みつけた帽子を頭に被れば、「オメー何個持ってきてんだよ···」と呆れたような目線を頂いたのでふふんっと鼻で笑っておいた。