似たもの同士に困ってます
なんやかんやと乱闘があったが、無事に京極さんと合流することができた。いかにも堅気じゃなさそうなスーツ姿の男たちを呆気なく鎮めた京極さんの凄さに歓声と拍手をおくり、園子ちゃんのうっとりとした表情ににやにやと頬を緩めつつ、キャリーバッグを引きずって人気のない場所に移動したわたしたちはそこで京極さんの話を聞いた。
そもそも、シンガポールに渡航したのは京極さんが空手トーナメントに出場するからだったが、京極さんのスポンサーが殺されてしまったようで出場ができなくなったという。あらら残念と落ち込んだのは一瞬、この状況に黙って指を銜える鈴木財閥のご令嬢様じゃなく一本の電話で見事解決してしまった園子ちゃんのおかげで、予定どおりホテルへと足を運ぶことになった。
年頃の女の子ふたり、更にはじめてのシンガポールとなればまっすぐホテルに向かうという訳もなく、気になるものがあれば立ち止まり、綺麗な風景が目に止まれば写真を撮るのでホテルに着くのはだいぶ時間が押してからだろう。できるだけ日陰を選んで歩いているとはいえ、この炎天下だ。こちらはじりじりと体力が奪われているというのに、飄々とした涼しい顔で歩く工藤くんの後頭部にじとりとした視線を向ける。名探偵は頭脳だけでなく体力までバケモノなんだろうか。「ぉお〜い···ここらでちっと休憩···だ···」と思ったところで、もうひとりの名探偵が本日二度目のギブアップを訴えた。
小休憩を挟んで暫くは黙々と歩いた。宿泊先のホテル、マリーナベイサンズはずっと見えているのに全然近づいている感覚はしなかった。隣には興味深げにあたりを見ている工藤くんがいて、彼のおおきなスーツケースの上にはアーサーくんが座っている。まるで、兄弟というより親子みたいだ。
「コナ···じゃなかった、アーサーくん」
「なーに?お姉さん」
ゆるゆると頬を緩めていれば、それに気づいた工藤くんが訝しげな視線をちらりと寄越したので慌てて逸らして、アーサーくんに声を掛ける。くりっとした瞳がこちらを向いて、微かに小首を傾げた。
「そっちのお兄さん疲れてるみたいだし、抱っこしてあげようか?」
「えっ!」
「べつに疲れてねぇけど」
「ほら、お兄さんも疲れたって」
「いや、聞けよ!」
おいでというようにへにゃりと笑って両手を広げれば、アーサーくんがぱちぱちと瞠目して狼狽にスーツケースからずり落ちそうになっていた。慌てた工藤くんが支える前に、ひょいと脇に手を入れてちいさな身体を抱き上げる。「お、おろしてー」手足をばたつかせるアーサーくんには悪いがすこしだけ元気を補充させて欲しかった。「そうやって嫌がるとこまでコナンくんにそっくり」くすくすと笑いながら洩らした独言が聞こえたようで、突然ピタッと猫の首を掴んだように大人しくなったアーサーくんに首を傾げつつ落とさないようにしっかりと抱えなおしてコロコロとキャリーバッグを転がした。
「···その、コナンくんって子とボクってそんなに似てる?」
「ん?んー似てるっていうかそっくりっていうかまんまコナンくんっていうか」
「え"っ」
顔を上げて聞いてきたアーサーくんに、ちょっとだけ考えて思ったままを口にする。すこしだけ離れたところで湾を覗いている蘭ちゃんと園子ちゃんの楽しそうにはしゃぐ声が耳に届いた。
「コナンくんってすごい恥ずかしがり屋なんだけど、アーサーくんは人見知り?」
「そ、それは···知らない人ばっかりだから···緊張しちゃって···」
「あ、そっか。あれ?アーサーくん着いてきて大丈夫なの?」
「両親がこの坊主置いて日本に行ってんだと」
いつの間にか隣にいた工藤くんがなに食わぬ顔で会話に参加してきた。工藤くんの補足になるほどと首肯する。コナンくんのご両親もそうだが、このくらいの歳の子をひとりで留守番させるなんて放任にしては行き過ぎではないだろうか。とはいえ口に出すわけにはいかないので、キャリーバッグから一度手を離してえらいなあとアーサーくんの前髪をくしゃりと撫でた。
「へぇ。じゃあアーサーくんお家帰ってもひとりなんだ」
「う、うん。だから一緒に着いてきてもいいってお兄さんが」
お兄さん、の言葉に工藤くんをみれば慌てて視線を外された。そっぽを向いた後頭部に意外だなあと目をぱちぱちとして、落ちてきたアーサーくんを軽くジャンプして抱えなおす。んー。と考えるように唸れば、どうしたの?と純粋な瞳がきょとりと瞬いた。
「なら、わたしと一緒の部屋に泊まる?ひとりで寝ても寂しいんじゃない?」
「い"っ!?それはダメだろ!!」
「なんで工藤くんが決めるの?」
名案だと思ったのに、バッと振り向いた工藤くんに肩を掴まれるような勢いで否定を食らった。一蹴されてぶすりと頬を膨らましたが「いや、ほら、」わたわたと旗揚げ人形のように腕を上下に慌てる工藤くんと、同じ動作をするアーサーくんがおもしろくてすっかり毒気を抜かれたわたしの口からふふっと思わず笑みがこぼれてしまった。コホンッ。工藤くんが気を取り直すように咳払いをする。
「で、電話!電話かかってくるかもしんねぇだろ?」
「そ、そう!夜はお父さんから電話くるからとらなくちゃ!」
「そっか。さすがにお父さん心配しちゃうもんね。アーサーくんとお風呂入れるかなって思ったんだけどなあ、ざんねん」
「えっ」
肩を落としていえば、ふたり揃ってピシリと硬直してしまった。「おーいふたりともー」と顔の前でパタパタと手を振ってみてもすこしも反応しないので、どうしたものかと困っていれば蘭ちゃんがパタパタと戻ってきてくれた。結局、蘭ちゃんに叩き起される前に気が付いた工藤くんは「もう!早くいこーよ!」と蘭ちゃんにズルズルと引き摺られて行ってしまった。あっという間に離れていく姿にアーサーくんと顔を見交わせる。さすがにキャリーケースを持っているし抱っこしたままだと早く歩けないので、ぎゅうとアーサーくんを抱き締めてから渋々そっとアスファルトに下ろした。
「しんどいだろうけどすこし走れる?」
「う、うん。大丈夫だよ」
ほんのりと顔を赤らめているアーサーくんに眉を下げて手を差し出せば、ちいさな手が戸惑うように重ねられた。やんわりと握ってへらりと笑う。「じゃああのお姉さんのところまでがんばろ」頷いたのを確認すると、ちいさなアーサーくんの手を引いて地面を蹴った。