待ち合わせはプールサイドで
ホテルにチェックインしたわたしたちは、一度部屋に荷物を置いてからレストランで食事をとることになった。せっかくだからと、アーサーくんも同席したレストランの料理はとても豪華で、明日のトーナメントのことから京極さんの惚気話、しっかりとピックアップしている行きたい場所で盛り上がる蘭ちゃんと園子ちゃんの話に相槌を打ちながら、デザートまでぺろりと平らげる。
すでにほろ酔い気分の毛利さんは食事を終えると早々に退席し、いつの間にか工藤くんとアーサーくんまでふらりと居なくなってしまったので、ホテル内を散策するついでにふたりを探すことになった。
「もう、新一どこ行っちゃったんだろう。アーサーくんまで見当たらないし···」
「ねぇ、蘭。連絡のつかないヤツのことなんかほっといてそろそろプールに行かない?」
どーせそのうちふらっと帰ってくるって。園子ちゃんははやく屋上プールに行きたくてうずうずしているようだった。携帯を片手に逡巡する蘭ちゃんを、途中で購入したミルクティーのストローをずずっと啜りながら上目にみつめる。工藤くんとプールからの夜景を見たいんだろうなと思っていたけど、どうも様子がおかしかった。僅かな焦燥を滲ませてぎゅっと携帯を握り締める蘭ちゃんは、姿の見えない工藤くんを心配しているとか悲しんでいるというよりどこか焦っているようだった。小首を傾げていれば、蘭ちゃんがちいさく息を吐いた。
「そうね、あんな奴ほっといて私たちだけで楽しんじゃお」
「そうそう!その意気よ、蘭!なんならアヤツよりいい男見つけちゃえばいいんだわ!」
「だから、私と新一はべつにそんなんじゃないって〜」
にこりと笑った蘭ちゃんは、気持ちを切り替えたようだった。携帯を鞄にしまって、はしゃぐ園子ちゃんと腕を組んで歩く蘭ちゃんの後ろ姿をもんもんと見つめていれば、蘭ちゃんがくるりと振り向いた。「どうしたの、なまえ。行くよー?」「はあい」蘭ちゃんに返事をして、足早に駆け寄る。あ、そういえば水着持ってきてないや。ぽつりと言った言葉をしっかりと拾った園子ちゃんがにひひと悪戯っぽく笑ったのでなんだかとても嫌な予感がした。
「や、やだ」
「ヤダって言ってもこれしかないの!つべこべ言わない!」
「じゃあ蘭ちゃんと園子ちゃんふたりで行っておいでよ」
「なあに言ってんの!せっかく泊まってるのに行かなきゃぜったい後悔するわよ」
「そうだよ。なまえも居なきゃ寂しいじゃない」
そう言われても。水着を広げてにじり近寄ってくる園子ちゃんに、じりじりと後退する。水着を持ってきていないと言ったわたしに「アンタのことだからそんなこともあろうかと···じゃーん!」と園子ちゃんの部屋で掲げてみせたのは、黒地のビキニだった。断固として首を縦に振らないわたしに、園子ちゃんがやれやれと頭を振ってごそごそと鞄を漁る。
「ほんとうは私が着ようと思ってたんだけど···しゃーないわね。こっちを貸してあげてもいいわよ」
「それはもっとイヤだ」
渋々というように園子ちゃんが差し出したのは、背中のがっぽり空いたハイレグカットの大胆な水着だった。ぶんぶんと首を振るわたしに、園子ちゃんがわがままだなと言いたげにふんすと鼻を鳴らした。そんな目のチカチカするビビットオレンジを上手く着こなせるのは園子ちゃんくらいだろう。そして京極さんはきっと怒ると思う。
「上になにか着ればいいんじゃない?」
「そんなに嫌ならそうしなさいよ。どうせ暗いから見えはしないと思うけどね」
「それもそっか」
あっさりと頷いたわたしに、面倒くさそうな視線を向けていた園子ちゃんがずるっと体制を崩した。園子ちゃんのいうようにもうとっくに日が暮れて外は真っ暗だろうし、スタイルの良いふたりと違って肌を見せるのに少しばかり抵抗があるといっても、この時間にプールに来る人はネオンに包まれた夜景が目的に違いないので、頑なになるのもなんだかばかばかしくなった。園子ちゃんは暗いのも、京極さんに見て貰えないのも残念そうだったけれど。
宿泊者のみ利用できるプールは思ったよりも人が少なかった。赤や緑、青に黄色とライトの切り替わる観覧車や高層ビルが立ち並ぶ風景に、園子ちゃんがそわそわとわたしたちの肩を押す。
「ほらぁ、はやく着替えましょ!」
「もー園子。わかったから押さないでよ〜」
ズルズルと園子ちゃんに引きづられて、急かされながら更衣室で水着に着替えた。胸元で揺れるリボンが隠れるようにしっかりとジッパーを上げれば、園子ちゃんから非難がましい眼差しが飛んできた。それには気付かないふりをして、髪の毛を首の後ろで軽く結ぶ。換えの下着やタオルなどを詰め込んだ鞄をロッカーに押し込んでから蘭ちゃんたちを振り返った。
「蘭ちゃんかわいい〜。園子ちゃんもスタイル抜群だね」
「とーぜんでしょ!」
「ありがと。なまえも似合ってるのにパーカー着ちゃうの勿体ないよ」
「そうよ。アンタ顔だけはいいんだから。色も白いくせに」
白いフリルの水着を来た蘭ちゃんと、先程見せられたオレンジ色のハイレグカットの水着を上品に着こなす園子ちゃんの可愛さに頬がゆるゆると緩んだ。これを見れない工藤くんと京極さんを可哀想だと思いながら締りのない顔でにやにやするわたしの額を、園子ちゃんが唇を尖らせて指で弾いた。「プールに入る時はちゃんと脱ぎなさいよ」しっかりと釘を刺す園子ちゃんに、ヒリヒリと痛む額を抑えながらなんとか頷いた。
「うわぁ〜綺麗ね〜」
「ほんと···!これを真さんと観られたらもぉっとよかったんだけどなぁ」
「そういえば京極さんってどこいったの?」
屋上プールから観る景色は絶景だった。キラキラと光る高層ビルの明かりや大観覧車のネオンを映して輝くマリーナ湾は、まるで宝石が散りばめられたようだった。うっとりとプールの縁に身を預けて夜景を見下ろす園子ちゃんに小首を傾げる。京極さんの姿は夕飯の時から見当たらなかった。
「なんかトレーニングをしないかって言われたみたいで、レオンさんのところに残っちゃったのよ」
「へぇ。こんな時間までトレーニングだなんて、ストイックだね」
「そぉーなのよ!トーナメントもあるし、分かっちゃあいるんだけどさぁ。···こうもほっとかれると、寂しくなっちゃうっつーか···」
そう、萎んだ声で言った園子ちゃんに、わたしと蘭ちゃんは思わず顔を見交わせた。客観的にみても京極さんは園子ちゃんにべた惚れだし、不安になる要素はなさそうだけれど逢えない距離が園子ちゃんを弱気にさせているのだろう。逢えたとしても、試合前で忙しい京極さんにわがままを言えないので尚更、不満が募っているようだった。
珍しい園子ちゃんの姿に、プールで拳を握って水鉄砲のように水を掛ければ、鼻に入ったらしい園子ちゃんがンブッと声を上げて咳き込んだ。「なぁにすんのよっ!」と憤慨してじろりと見下げる園子ちゃんにへらりと笑う。
「また、みんなで来ればいいよ。こんどはコナンくんと、哀ちゃん、阿笠博士、少年探偵団のみんなも一緒に」
「そうよ!それにまだ京極さんと会える時間あるんだから」
ねぇ?と蘭ちゃんとふたりで笑っていえば、園子ちゃんが「蘭、なまえ···そうね!明日は真さんとたぁーぷりデートするんだから!」といつもの勝気な笑みをみせた。それにゆるりと笑っていれば、突然、顔面に水が飛んできてぶっと鼻に詰まった声がでた。つーんと痛む鼻を抑えて涙目で顔をあげれば、園子ちゃんがにんまりと笑っていた。「仕返しよっ」ふふんと眉を上げて笑った園子ちゃんと、それから蘭ちゃんを混じえてしばらくプールの水を掛け合った。