01
燦々と降り注ぐ灼熱が、じわじわと水分を抜き取っていく。壊れた蛇口のように次から次へと湧き出る汗が草臥れた薄いスエットに染み込んでは一層、その足取りを重くさせていた。べったりとへばりつく前髪も、熱っぽい吐息も、時折口腔に入る砂の感触もなにもかもが煩わしく、なのに思考だけが急激に遠のいていく。
まるで、内側から干からびていくようだと思った。このままじゃ死ぬ。遥か地平線まで拡がる灼熱の砂丘に、朦朧とした思考の端でもそれだけはしっかりと理解できた。海もないし、川もない。おまけに人気も一切なく、あるのはいっそ清々しいまでの砂の山。じりじりと皮膚が焼ける痛みに飛び起きてそうそう飛び込んだ光景にフリーズしたのはつい、先程のことである。
「⋯ほんっと⋯どこだよ⋯ここ⋯」
起きたら知らない場所でした──そんなことってありえる?疲れて眠った記憶はあるし、昨夜の晩ごはんだって思いだせるのにまるでぷつんとハサミで切り取られたようにその後の記憶が一切なかった。もし仮にこれが誘拐だとしても、だだっ広い砂漠の真ん中に放置される意味もわからなければそもそも俺なんかを誘拐するメリットも無いわけで。
ぽたりぽたりと滝のような汗が顎を伝い、砂に落ちる。すぐに蒸発するそれを拭うことすら諦め、あっつい。死ぬ。ぐだぐだと零しながらひたすら砂の山をだらだらと歩いた。
時折、名前も知らない植物や変わった形のサボテンがぽつねんと生えているだけで、一向に街どころか水場ひとつ見当たらない。体力はとっくに底をついていたし、熱したフライパンのような砂地にもはや足裏の感覚もなかった。現地の人でも、布一枚の装備で砂漠を横断する猛者はいないだろう。そのうえ土地勘もないとくれば、正気を保てているだけ奇跡だった。
どのくらい歩いたのか。ゴァ。朦朧とした思考に、ふと、鳥の鳴き声が滑り込んだ。のろのろと顔を上げれば、長い嘴に白い羽根。背中に背負った、身の丈よりもおおきな荷物は遠目でもぱんぱんに膨らんでいることが伺えた。えらく重装備。それもそうか───⋯え、鳥が荷物?
いやいやいや。ふらりと傾いた重心に、慌てて体制を立て直す。そんな、まさか。しかし、どれだけ目を擦っても、間違いなく鳥が荷物を背負っていた。それどころか数十羽に及ぶ鳥の群れが、どでかい岩場の影に集まり、手頃な岩にどっぷりと腰を休めているのだ。互いの首にぶら下がった樽を打ち鳴らし、ぐびぐびと飲み下す姿はまるで祝杯を挙げているかのようで、あまりの異様な光景に、開いた口も塞がらない。
いや、そんなことよりも──。心地良さそうな日陰に、樽いっぱいの冷たい水。鼻先にぶら下がったオアシスに、つい、吸い寄せられるように脚を引きずる。やけに美味そうに飲むせいで、思い出したようにごくりとひとつ喉が鳴った。たった一杯でも水にありつけるなら、いまならなんだってできそうだ。
ふらりふらり。慣れない砂山に足を取られながらも慎重に距離を詰めていく。どうか気付かれませんように。しかし、そんな俺の思惑は呆気なく崩れ去りばっちりと合わさったつぶらな瞳にぎくりと身体を強ばらせる。ぐるりと一斉に向いた嘴。逃げられる、そう焦ったのは一瞬のことで、奴らは飛び立つでもなく──ゴクリ。まるで見せ付けるように喉を下したのだ。
──⋯⋯は???
一瞬、自分の頭を疑った。もしかして幻覚でも見ているのだろうか。そう思ったが、盛大に吹き鳴らしたゲップは幻聴でもなければ空耳でもなく、揃いも揃ってニタニタと嫌らしく笑う鳥の群衆に思わず目が点になる。人慣れしているというレベルじゃない。ぽかんと呆ける俺を翼で指し、酒のつまみのように愉しげに樽を傾ける姿はもはや人のそれだった。「ゴァゴァ。」まるで余興を鑑賞しているような盛大な大合唱と調子を合わせた手拍子が、固まった思考を徐々に鮮明にさせていく。どうやら完全にバカにされているらしい───カチン。と頭のどこかで音が鳴った。
───あんのクソ鳥、ぜったい焼鳥にしてやる⋯!ふつふつと内臓が爛れるほどの怒りは、暑ささえ吹っ飛ぶほど。うっかり血迷いそうになったことすら忘れて、待ったもなしに砂を蹴る。目測、50m。突如走り出した俺に鳥達がギョッとするのがわかった。強く踏み締めるたびに巻き上がった砂埃が目に入る。カラカラに干上がった喉も、肺も、熱した鉄を飲んだように痛んだが、それを気にする余裕はすこしもなかった。
あとちょっと。だんだんと縮まる距離に途端、食材がばさりと羽根を広げた。あっ、こらまて逃げんな!臀を向け、いっせーので飛び立つ姿はお世辞にも美しいとは言い難く、やっぱりすこしも可愛げがない表情で嘲るように頭上を旋回する。
「こんの⋯っ!!」
足元、手頃な石を鷲掴む。目標はもちろんリーダ格だろう先頭の鳥だ。大きく振りかぶり、投げる。たったそれだけの動作で子鹿のように脚がもつれた。べしゃり、とろくに受け身も取れず顔面から砂の山に突っ込む。痛みはないが、燃えるように顔があつい。おもいっきり吸い込んだ砂を吐きだしながらのろのろと顔を上げ、しかし、グェッ。次いで聴こえた潰れた声にバッと両手を付いて身を起こす。
ふらりと傾ぐ一羽の鳥。狙いにはおおきく逸れていたが、編成の崩れた群衆にちゃんと当たったことを知る。形勢逆転、とまではいかずとも有利を確信していただろう鳥達の表情から嘲笑が消えただけでも充分だ。高々と空を上るシルエット。まるで捨て台詞のごとくひとつ鳴いて、不安定に飛行する仲間を囲うように飛び去っていく。荷物さえ背負っていなければさぞや美しい光景だろうに。
ざまあみろ。そう思うよりも
慌てふためく様子にいい気味だと思った。
確かに当たっていた。
まさか。火事場の馬鹿力とでもいうべきか。狙いとはおおきく外れていたが、
はやっぱりすこしも可愛げがない。
巻き上がった砂が目に入るのも、カラカラに干上がった肺が痛むのもすこしも気にならない
。あとちょっと。
いや、あれは嘲笑だろう。
ゴ、バカにされてることだけは伝わった。
ジャリッ、と鼓膜の奥で
あんぐりと開いた口腔に砂が入る。
数十羽に及ぶ鳥の群れが、だ。あんぐりと、開いた口が塞がらない。首から提げているのはどでかい岩場の影に集まり、
一拍後、バッと持ち上げた視界の先、間違いない、鳥が荷物を背負っている。どでかい岩場の影に集まり、
ほっと息をつく暇もなく、
これが活気溢れる街中ならばもっと違う選択肢もあったのだろうが、いっそ清々しいまでの砂の山。悩んでいるうちにあっという間に骨と皮だ。
じっとしてても待つのは
このままじゃ死ぬ。ふらふらと肉に飢えたゾンビのように求めるのはたった1杯の冷たい水だ。さいあく、日陰でもいい。
──なんで。ぐっと踏み込んだ爪先が、砂に埋もれてつんのめる。べしゃり、と盛大に顔面から突っ込んだ体制のまま、微々たる気力ごとずぶずぶと深く沈んでいく。
根こそぎ吸い取られていくようだ。
海もないし、川もない。クーラーなんて気の利いたものがあるはずもなく、あるのは地平線まで見渡す限り一面の砂の山。いっそ、清々しい。
おまけに着の身着のままとは正しくこのことで、くたびれた薄いスエット糸のほつれたブランケットが命綱。
ライオンの子供ももうすこしましな待遇を
心做しか、砂の温度が冷たく感じる。
顔面から転ぶのももう何度目だろう。
肌を撫でる冷気に、ぶるりと身体が震えた。鼻につく、湿った土の匂いと葉の匂いに些か顔を顰めてごろりと身を捩れば、ゴツゴツとした硬い地面の感触に、急激に思考が覚醒していく。
ぱちりと開けた視界に映るのは、
#なまえ#はやっとの事で重い睫毛を持ち上げる。
湿った、土の匂いだ。──どこ?