赤松さんと未来のはなし
コロシアイ新学期、モノクマから告げられたのはわたしの記憶となんの差異もない残酷な通達だった。飛び交う質疑の跳弾にも、なにを馬鹿なことを言っているんだとカクリと頭を傾げ、あるいはゲラゲラと品のない笑い声を響かせ、聞き分けのない子供たちだと鋭い爪を光らせ威嚇する。罵倒しても非難しても泣き喚いても定めたルールをねじ曲げる気は無いのだから、わたしは大人しく口を噤む。これから起こることはゲームでもバラエティ番組でもなく生身の人間との、悲惨な惨劇なのだ。それを大金を叩いてまで観ている人がいるというのだから、馬鹿馬鹿しくて吐き気がする。「だいじょうぶ?」それほどひどい顔をしていたのだろうか、いつの間にかモノクマは姿を消していて、変わりに赤松さんが顔を覗き込んでいた。彼女のピアノの音色とおなじ澄んだ優しい声色に、空が晴れるようにもやもやとした苦い感情が散り散りになる。大丈夫です、赤松さん。そう笑顔で言いきったわたしに向ける視線は訝しく、そして彼女の顔色も人の心配ができるほど決して大丈夫とは言い難かった。
「不安だよね、でもきっと、大丈夫だよ」
「そう、ですね」
それは自分に言い聞かせているようでもあった。彼女のピンク色の下唇が前歯にギュッと挟まれているのを見ながらわたしはこくりと首を倒す。彼女は不安なのだ、この状況にではなくみんながモノクマの言葉を信じて行動にうつすことが。そしてわたしはそれを阻止できるかがたまらなく不安で、こわい。もし、もう一度おなじ惨状を繰り返してしまえばわたしはわたしを保っていられるだろうか。「大丈夫!きっと出口があるはずだよ!」赤松さんの眩しい言葉に釣られて、みんなが顔を持ち上げる。彼女の言葉はいつだって真っ直ぐで眩しくて、どろりと根の張った絶望を取り除いてくれるようだった。赤松さんに奮起され、みんながぞろぞろと体育館を後にする。マンホールの奥に地下道を見付けたという獄原ゴン太の情報もあり、一度、確認することになったのだ。そんな熱の篭った面々の背中をわたしは呆然とみつめるだけで、結局なにも言えなかった。出口なんてない、と彼等の希望の種を取り上げることがはたしていい事なのか、それともみんなを閉じ込めている首謀者をいまこの場で告げるべきなのか、わたしには分別がつかない。
「どうしたの?行かないの?」
「あ、はい、行きます」
「うん、じゃあ一緒に行こっ」
ぼんやりとするわたしを不思議そうに見やった赤松さんの声に慌てて頷く。にっこりと綺麗に笑った彼女は当然のようにわたしに手を差し伸べて、その純白な手のひらになんだか無性に泣きたくなった。彼女の心のように強く、それでいて優しく気持ちが凪ぐ音楽を奏でるその指先にそうっと触れれば思ったより強めに握られる。
「ここを出たらさ、友達になろうよ!」
「え、」
「うんうん、そうだよ、ここを出てちゃんとみんなと友達になって、何年後かに集まってこんなことあったよねって笑い話にしてさ」
にこにこと、この先にある絶望を知らない彼女は無邪気に笑って未来をかたる。わたしの知る楓ちゃんもおなじことを夢にみて、そうして呆気なく死んでしまった。大好きなピアノに挟まれて死んでしまった楓ちゃんの死を乗り越えてなんていないのに、おなじ顔でおなじ表情で情景を思い浮かべて楽しそうに言うからわたしの息は詰まるばかりだ。そう、ですね。震える吐息を堰き止めて、なんとか絞り出したわたしは拙い動作で肯く。「そのためにまずあなたの名前を教えてくれる?」そう言ってわたしの手を引く、誰よりも仲間思いの彼女に涙腺がゆるゆると解れていくのがわかった。慌てて下を向いて、赤松さんの瞳から逃れたけれどわたしが泣きそうなことなんてお見通しだろう。
「...みょうじ、なまえ」
「うん、みょうじさんだね!これが終わったらみょうじさんともっとゆっくりお話したいな。あ、でもそれは探索しながらでもできるね。んーけどサボってるって怒られるかな」
赤松さんに手を引かれ、体育館を出れば辺りは一気に薄暗くなり、不気味で長い廊下が伸びている。怖がりで、臆病なわたしはひとりで廊下を歩くのにもびくびくして、そんなわたしの手を楓ちゃんはこんなふうに優しく引っ張って知らないフリをして取り留めない話で和ませてくれた。彼女のひとつひとつがわたしを掬いあげてくれたのに、それなのにわたしは彼女になにもできなかった。こんどこそわたしはできるだろうか。貰ってばかりでのうのうと生きて、死にたいと願うわたしにこんどこそ正義感の強い彼女を守れるだろうか。思わずギュッと力が入ってしまった手のひらに、慌てて彼女と繋がった手を離そうと腕を引く。けれども赤松さんは離してくれなくて、変わりに握り返された強さに、わたしはまた勇気を貰ったような気がしたのだ。