最原終一に嫌われている

律儀にも、「出口」と書かれた標識を前にわたしは深く息を吐く。元々あった地下水路を改装したのかあちらこちらからぽたりぽたりと水の落ちる音が響き、電気が通っているにも関わらず地下道はどこよりも薄暗い。深く伸びる、先の見えない大きな入口は、獲物を呑み込むためにぱかりと口を開けた大蛇を彷彿とさせた。

「えっと、みょうじさん⋯?」

一歩、踏みだそうとして、けれど、突如掛けられた声にわたしは緩慢に振り返った。戸惑った表情で歩み寄ってくる最原くんの姿に驚愕を隠して笑みを向ける。

「ああ、最原さん。奇遇ですね」

まったく意外な人物の登場にわたしは内心で首を傾げた。赤松さんと行動を共にしていた姿を見ていたので、彼が此処に来るなんて予想外だったからだ。それは彼も一緒だったようで、うんともううんともつかない微妙な表情で応えるとすこし離れた位置で足を止める。

「どうして、此処に⋯?」
「最原さんこそ、どうしてですか?」

質問を質問で返すのはずるいとわかっていながらも、わたしは頬に指を当ててわざとらしく小首を傾げてみせた。これは、彼がよくやっていた手法だ。手っ取り早く相手の情報を聞き出しながら、表情や仕草のひとつひとつをつぶさに観察し自分の情報は与えない。もっとも、彼の場合は相手の機嫌を煽って、揶揄って、反応を楽しみたいだけだったような気もするが。

「僕は⋯此処に入る君を見かけたから⋯」

まさか、わたしを探していたのだろうか。罰が悪そうに帽子の鍔を目深に引いた最原くんに、わたしはこんどこそぱちくりと目を丸める。わたしの記憶が正しければ、今頃彼は、赤松さんと一緒に図書室の隠し扉を確認しているはずで。

「⋯わたしになにか用でも?」

すこし棘のある声色になってしまったわたしに最原くんは目を見開いたあと、それからゆるりと首を振る。

「いや、用ってほどじゃないんだけど⋯身体、大丈夫かなと思って」
「それを確認する為にわざわざ?」
「う、うん。百田くんに、手加減なしで、その⋯」

殴られていたから。たったそれだけの言葉を言うのに躊躇い、口腔で濁す最原くんにわたしはちょっとだけ笑ってしまった。

結局あの後、段々と近づくエグイサルによって処刑されたのはわたしではなくモノクマだった。グシャリというよりメキリッといった機械音を響かせてエグイサルに潰されたモノクマは、派手な音を立ててただの鉄クズと化してしまったのだ。無惨な姿に変わり果てた父親の姿にそれどころではなくなったのか、モノクマーズたちがわたしの処刑を再度、執り行うことのないおかげでこうして自由な時間を過ごせている。

「大丈夫、ではないですね。歩くたびに響きますし、赤黒く変色していて実は立っているのも辛いんです。きっと、内蔵までやられているんでしょうね」

そう淡々と言いながら、患部に手を添え、軽く前屈みに背を丸めてみせれば、「えっ?!」すぐに慌てた声と足音が近づいてくるのがわかった。そして、一拍を置いてさっと上体を持ち上げる。

「なんて、冗談ですよ」

そう言って、顔を向けた先にあったのは雲のないまあるい月だった。にっこりと、表面に映し出された自分の笑みにぱちりと瞬く。

「──うわぁぁ!ごめんっ!!」

それが最原くんの瞳の色だと気づいたのは、お化けでもみたような絶叫を上げて彼が離れてからだった。

「えっと、大丈夫ですか?」

ズザザザと稀に見る俊敏さで後退し、そのまま床にへたりこんでしまった彼の姿にちょっと心配になる。ゆっくりと最原くんに近づいて、同じようにしゃがめばズキンと腹部に鈍痛が走った。超高校級のメイドの手によってしっかりと処置は施されてはいるが、完治しているわけではないし赤黒い痣ができているのも嘘ではない。

ちいさく息を呑んでしまった声が聴こえたのだろう。わずかに最原くんが顔を上げた気がしたが、けれど帽子の鍔が邪魔をして実際にはどうだかわからない。そういえば記憶の中の最原くんは赤松さんの事件の後、すっかり帽子を脱いでいたのでそっちの記憶が強いわたしにとっては今更ながらに彼の姿は新鮮にうつった。せっかく綺麗な顔と瞳をしているのに勿体ないとは思うけれど。

「驚かせたならごめんなさい。実際はそんなに痛くないんですよ。百田さんにも、飛び出したわたしが悪いのに謝らせちゃいましたし、東条さんにも痣を見て辛い顔をさせてしまいましたし、どっちかといえば申し訳なさで心が痛いです」

するりとこぼれ落ちたのは、まぎれもない本心だった。痛いか痛くないかと聞かれたら実際は脂汗が滲むほど、呻き声を上げないのがやっとだし、こうして身体を丸めているのも腹部を刺激しているせいかずっと鈍痛が続いている。

いや、本当は、こんなこと言うつもりじゃなかった。適当な言葉を吐いて、傷つくだろう言葉を選んで、嫌われ役に徹しようと。誰かと行動を共にするよりも、王馬くんのようにひとりで行動するほうが彼らの生存に繋がると。一晩中考えて、そう結論をだしたはずなのにどうも上手くはいかないなと思わず自嘲的な笑みが浮かぶ。ぴくりと肩を揺らして反応をみせた最原くんに、わたしはすこしだけ考えて唇を動かした。

「あと、わたしが此処に来たのは地下道に挑戦しようと思ったからです」

ようやく、最原くんが顔を上げた。まさか、と。存分に見開いた瞳をじっくりと見返して、わたしは妖しく、不気味にうつるよう妖艶に微笑む。

「だって、ひとりのほうが確実にやれますし」

もちろん、地下道のことであってコロシアイのことでは無い。どう捉えたのか、あとは最原くん次第だ。ふふっと、目に見えて愕然としている最原くんに意図的に喉を震わせてわたしはゆっくりと立ち上がる。彼に背を向けて、慎重に歩きながらそのまま。そして、わたしはさもたった今思い出したかのように声を張り上げた。

「あ、そうでした!東条さんにいまのみんなにぴったりな薬草をおしえて欲しいと頼まれていたんですが──」

地上へと続く、長い梯子に指をかける。首をあげれば、ずっと遠くにみえる丸い穴。それに細く目尻を潜めて、わたしはゆっくりと後ろを振り返った。

「──最原さんから伝えてください。赤松さんと百田さん⋯ついでに王馬さんには、牛乳が一番、効果があると思いますって」

最期に捉えたのはまるまるとした金色だった。ガツン、と衝撃を受けたといわんばかりの最原くんの瞳を瞼の裏に閉じ込めてわたしはすうっと息を吸う。幸いにも、最原くんは追いかけては来なかった。よかった、と思う。傷つけたのはわたしのくせに、泣きそうになっているだなんてあまりにも情けないから。

prev   backtop   next