ドラコ・マルフォイ 2/2
マダム・マルキンはハリーとシンシアに気付くと、藤色で統一したずんぐりとした身体を揺らし、にこにこと愛想の良い笑みで迎えてくれた。「坊ちゃん、お嬢ちゃんもホグワーツなの?」
「はい」
「全部此処で揃いますからね。今、もう一人お若い方が丈を合わせているところよ」
マダムの視線を追えば、店の奥の踏台で男の子がもう一人の魔女に長いローブをピンで留められている所だった。ツンと尖った顎先に、整えられたプラチナブロンドの髪の毛、しゃんと胸を張ったその姿勢にシンシアはとても見覚えがあった。
「さて、どちらから合わせようかしら」
「シンシアからでいいです」
「レディーファーストね。それじゃあ、お嬢ちゃんは隣の踏台にどうぞ」
シンシアが口を開くよりはやく、言い切ったハリーにマダムはにっこりと笑うとシンシアを男の子の隣の踏台へ促した。踏台に足を乗せれば、ぶかぶかのローブを頭から被せられ、マダムが手際良くピンで丈を留めていく。
「やあ、シンシアじゃないか」
隣から掛けられた声にシンシアはこっそりと息を吐いた。その気取った話し方と目立つプラチナブロンドの髪の毛を持つ人物なんてシンシアの知る限りでは一人しかいなかった。ドラコ・マルフォイだ。
「あら。ご機嫌よう、ドラコ」
シンシアは、器用に動くマダムの指先を見詰めたまま澄ましたように言った。ドラコは視線の合わないシンシアを気にすること無く、寧ろ、シンシアの背後を気にする素振りをみせて口を開いた。
「父上は隣で教科書を買っているし、母上はその先で杖を見ている。君のご両親は?」
「お父さんは芋虫をすり潰しているし、お母さんは聖マンゴ魔法病院で患者の容態を付きっきりで見ているわ」
淡々と応えたシンシアに、途端にドラコはぐっと押し黙った。「あー⋯」どこか気まずそうに視線を迷わせたドラコは、そこで漸くシンシアの脇に控えていたハリーに気が付いた。ドラコの言葉を真似て返したシンシアに、弛みそうになる口角を片手で覆い隠していたハリーは突然かち合った瞳にビクリと肩を跳ねさせた。
「君も、ホグワーツかい?」
「あー⋯うん」
矛先がこちらへ向くとは思っておらず、ハリーは戸惑いがちに頷いた。ドラコはシンシアを一瞥して、それからハリーに視線を戻すとまた薄い唇を動かした。
「これから、二人を引っ張って競技用の箒を見に行くんだ。一年生が箒を持っちゃいけないなんて、理由がわからないね。父を脅して一本買わせて、こっそり持ち込んでやる」
ちらちらとシンシアを気にしながらドラコが言った。鼻につくような気取った話し方はダドリーにそっくりだとハリーは思った。「君は自分の箒を持ってるのかい?」何も言わないハリーにドラコは続けた。
「ううん」
「クィディッチはやるの?」
「ううん」
「僕はやるよ──父は僕が寮の代表選手に選ばれなかったらそれこそ犯罪だって言うんだ。僕もそう思うね。君はどの寮に入るかもう知ってるの?」
「ううん」
クィディッチも寮も、なんの事を言っているのかハリーにはちっとも分からなかった。首を振るだけのハリーに、それでもドラコは気にした様子もなくペラペラと舌を動かし続けた。
「まあ、実際は行ってみないと分からないけど。そうだろう?だけど、僕はスリザリンに決まってるよ。僕の家族はみんなそうだったんだ。ハッフルパフなんかに入れられてみろ、僕なら──」
「ハッフルパフがいいわ」
唐突に、割り込んだ凛とした声にドラコの口がピタリと止まった。「私、ハッフルパフがいい」ラピスラズリの瞳でドラコを射抜いたまま、シンシアがもう一度、はっきりと言葉を放った。そのシンシアの言葉を噛み砕いたドラコの目がみるみると見開かれ、わなわなと震えた唇が酸素を求めるようにはくはくと動く。元々青白い彼の顔色は、ハリーの目から見ても気の毒な程真っ白に染まっていた。
「⋯なんだって⋯?」
「あら、聞こえなかった?ハッフルパフがいいって言ったの」
ガツンと後頭部を打たれたような衝撃に、今度こそドラコはゆらりと体制を崩した。「動かないで!」ドラコの丈を合わせている魔女が手元が狂ったことにヒヤリとしたのも構わず、ドラコはふるふると首を振った。衝撃を払うような仕草だ。
「君は自分が何を言っているのか分かっているのか?ハッフルパフはどの寮にも選ばれなかった落ちこぼれた連中の集まる寮だぞ。まさか⋯冗談だろう?」
「ハッフルパフは寛容で誠実で正義感の強い人が選ばれる寮だって聞いたわ。悪く言わないで」
信じられないとばかりに片眉を上げたドラコに、シンシアはムッと口元を窄めて言い返す。二人が何の話をしているのかさっぱり分からないハリーは、段々と熱を上げていく会話を目を丸くして唖然と聞いているしかなかった。
「いいかい?君の家系は代々スリザリンだし、君も、君のご両親も純血だ。レイブンクローならまだしも君がハッフルパフだなんてまず有り得ないね」
「あら!いつから貴方が寮を決めれるようになったのかしら!大体、血で寮が決まるわけじゃないわ」
「血筋が優先されるのは当然だ!貧乏な赤毛の連中は全員グリフィンドールだ、そうだろう?君こそ、いい加減自分の家系に誇りを持ったらどうだい!僕なら、もし、ハッフルパフに入れたれたらと考えただけでもゾッとするね」
「なら、私と一緒の寮にならない事をお父様にでも願うのね!」
ドラコの頬が、みるみるうちに真っ赤に染まっていく。「終わりましたよ」尚も噛み付こうとするドラコに、一足先に寸法を終えたシンシアはぴょんと踏台から飛び降り、いーっと歯を見せるとフンっと鼻を鳴らしてばさりと髪を翻しながら、颯爽と扉へと向かって行った。呆気に取られながらシンシアを見送るハリーの視界に、扉の向こう側でアイスクリームを両手に持ったハグリッドが映った。
「⋯ハグリッドだ」ボソリと呟いたハリーに、ドラコはやっとシンシアから視線を剥がした。窓を覆う、壁のような巨躯の身体にドラコの口角が持ち上がる。
「⋯ああ、聞いたことがある。学校の領地内の掘っ建て小屋に住んでいる、野蛮人だろ?ホグワーツの一種の召使いさ」
せせら笑うドラコに、ハリーはムッと顔を顰めた。扉の奥では、ハグリッドからアイスを両手に受け取ったシンシアが嬉しそうに微笑んでいる。ハリーと瞳が合うと、シンシアは破顔したまま両手のアイスをハリーに見えるように差し向けた。ナッツ入りのチョコアイスとストロベリーアイスだ。マダムに促され、踏台へ上がる前にハリーがチョコレートアイスを指差すとシンシアはにっこりと笑って頷いた。
「君のご両親は魔法族かい?」
「あー⋯うん、たぶんね」
ハリーが踏台に上がると、ドラコが扉の方角に顔を向けたまま言った。折角、和やかな気分だったというのにいやに鼻につく彼の口調にうんざりとしながらハリーはおざなりに応えた。
「本来、魔法族以外は入学させるべきじゃないと僕は思っている。手紙を貰うまではホグワーツの名前も聞いたこともなかった連中は、僕らのやり方が分かるような育ち方をしていないんだ。わかるだろ?入学は魔法使いの名門家族に限定されるべきで、彼女もハッフルパフなんかに属されるような家柄ではないんだ」
ハリー自身、マグルの家庭で育ち、両親が魔法族だというのもつい先日知ったばかりで魔法とは無縁の生活を送っていた。目に映るもの全てが珍しく、きょろきょろと反応を示すハリーに楽しそうに笑みを向けるシンシアや丁寧に教えてくれるハグリッドを見てきたハリーは、マグルという存在を容認していない魔法族が居ることにまず驚いた。僕が、その連中の一人だと言ったら彼はどういう反応をするのだろう。そう考えあぐねるハリーを置いて、ドラコは続けた。
「だというのに、ハッフルパフに入りたがるなんて⋯気が触れたとしか思えないよ」
やれやれと言いたげにプラチナブロンドを振ったドラコが、漸くハリーに視線を向けた。「彼女、血筋も家柄も顔立ちも申し分ないけど、あの性格だけはどうしようもないね」そう言って、大袈裟に肩を竦めてみせたドラコにハリーの眉がぴくりと動く。ハリーの喉が音をなすより先に、会話の間に丈を合わせ終えたマダムがハリーの背中をポンと叩いた。「さぁ、終わりましたよ。坊ちゃん」それを合図にハリーは軽快に踏台から飛び降りた。
「僕は、性格も最高だと思うよ」
ツンと尖った顎先に向けてそれだけ言うと、ハリーは扉へと急いだ。「ホグワーツでまた会おう。たぶんね」そう背中に声が掛けられたが、聴こえなかった振りをして飛び付くように扉を開けた。
店を出たハリーを出迎えたのは、ナッツ入りのチョコレートアイスだった。「はい!ハリー!」ぐんっと差し向けられる勢いのまま、鼻先にアイスが押し当てられたのだ。鼻頭の冷たさと甘ったるい匂いを強く感じながらも受け取れば、シンシアが悪戯に笑っていた。
「早かったのね」
「うん。マダムが気を使ってくれたのかも」
鼻の頭に着いたアイスをごしごしと乱暴に袖で拭って、ハリーは若干溶けかけているアイスに口付けた。いつもはダドリーのお零れしか貰えないハリーはその甘さにすこし感動したし、どっと押し寄せてきた疲労が一気に癒されていく気分だった。「ね、美味しいでしょう?」そう言って笑うシンシアのストロベリーアイスが、少しも減っていないことにハリーは気づいた。
「ごめん。先に食べてても良かったのに」
形状を保つアイスに気後れして、ハリーが言った。眉を垂らすハリーにシンシアはきょとりと瞬いた。
「どうして謝るの?一緒に食べようって約束したじゃない」
何を言っているのかと、不思議そうに小首を傾げるシンシアにハリーは翡翠色の瞳を丸々と広げた。対して、シンシアはハリーに謝られた理由がちっとも分からなかった。購入したのはハグリッドだし、シンシアはただハリーと食べたくて待っていただけだ。
「次は、教科書を買いに行くか。ああ、歩きながら食べりゃあいい」
あんぐりと呆けるハリーと首を傾けたままのシンシアに、髪に隠れた目元をくしゃりと緩く細めながらハグリッドが言った。普段よりうんと抑えられた声量には、柔らかさが滲んでいた。
「そうだ。ハグリッド、アイスありがとう」ハッとしたようにハグリッドを仰ぎみて言ったシンシアに、「あ、ありがとう」ハリーも舌をもつらせながら言った。「礼なんかいらん」そう照れ臭そうに頬をかいたハグリッドは、シンシアとハリーの背に手を添えて、促すように押し進めた。
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