ダイアゴン横丁 1/4
ダイアゴン横丁の日光の遮られた仄暗い脇道の先には、呪いのペンダントや有毒のキャンディ、大蜘蛛に縮んだ生首など、多種多様な闇の魔術に関する品々を取り扱う店が占めている。店頭に並んでいる品も然ることながら、店主もその客層も大半が不気味で異様なオーラを纏っているそこはそんなダイアゴン横丁と
両腕を擦りながらくるりと振り向いたその先に仄暗い路地はなく、歪に積まれた煉瓦の壁が周囲に溶け込んで静観している。そうっと伸ばした指先が壁に触れることはなく、手首から先が向う側に消えている光景は、まるで壁に吸い込まれているようであった。
"目くらまし"の施された壁に踵を返したシンシアは冷たい石畳に白く延びる、柔らかな陽光に向かって歩きだした。まるで宝石箱を引っくり返したような大通りの賑わいが鼓膜を擽り、小鳥の囀りのようにとても楽しげに聴こえる。すっかり気を取られたシンシアの頭にはフローリアン・フォーテスキューのストロベリーアイスが軽やかなダンスステップを披露していて、その足取りも軽快なものへと変わっていく。白百合のワンピースをひらりとはためかせ、薄暗い通りを蝶のように駆ける様は一筋の月光のようにもみえた。
サイズの大きい漆黒のローブを目深まですっぽりと覆い隠した老婆を通り過ぎ、陽射しの照らすアスファルトを音を鳴らして踏み締める。タンッという子気味の良い音も呑まれてしまうほどの活気とむわりとした熱気がシンシアの肌を包み、一瞬にしておでこにじんわりと汗が滲む。シンシアはチカチカとする瞳を瞬かせ、ドラゴン革製のポシェットをしっかりと肩に掛け直すと「よしっ」と一つ息をついて煌びやかな雑踏の中に飛び込んだ。
陽光を反射してキラキラと輝く店の外に積み上げられた大鍋や、多種の梟が並ぶイーロップのふくろう百貨店に様々な魔法界の書物を取り扱うフローリシュ・アンド・ブロッツ書店。どの店も人で賑わっており、とりわけ普段よりも親子連れが多いのは新学期がはじまるからだろう。アイスクリームパーラーのテラスでピーナッツ入りのチョコレートアイスを美味しそうに頬張る同い年くらいの女の子の姿に後ろ髪を引かれつつ、シンシアは悠々とグリンゴッツへ足を進める。
グリンゴッツは魔法界唯一の銀行で、大きな買い物をする時はほとんどの人が一番先に訪れる場所である。斯く言うシンシアも先日、魔法生物関連の書物をどっさり買い込んでしまったので鞄の中身は羽根ペン一本買えない状況だった。一体、幾らくらい必要だろうか。ローブや教科書、その他教材に掛る費用も、それこそ杖なんていくら掛かるのかまったく予想もつかない。───同封されていた教材リストを思い浮かべていれば、グリンゴッツに着くのはあっという間だった。
小さな建物が並ぶダイアゴン横丁で、一際高く真っ白な建物。白い階段を登った先にある入口の扉には左右に
「ハグリッド!」
人波をすり抜け、階段を駆け上がる勢いのまま声高に叫べば
「おう、シンシアじゃねぇか!見ねぇ間にちぃっとばかし大きくなったな」
「ハグリッドも元気そうでよかった」
ぼふっと大きな身体に飛び込んだシンシアを、ハグリッドは難無く受け止めた。ぐしゃぐしゃに髪を撫ぜる分厚い掌と、首を垂直に見上げれば、くしゃりと綻ぶ柔らかな眼差しにシンシアもにっこりと破顔する。
「親はどうした?ひとりか?ん?」
「お父さんは大鍋に付きっきりだし、お母さんに至っては1ヶ月くらい顔も見ていないわ」
ゆっくりと身体を離したシンシアは背後に目を配らせるハグリッドに肩を竦めてみせた。ハグリッドは一瞬しまった!という顔をしてなんと言うべきかもごもごと口を動かしていたが、「あー、元気なら…ええんだ」そう言ってシンシアの頭をぽんっと叩いた。「まあ、うん。元気、だとは思う」シンシアは父の病人のような顔色を思い出して、歯切れ悪く答えた。
乱れた前髪を手櫛で整えていたシンシアはふと、ハグリッドの背後で何かが動いた気がして小首を傾げる。視線を向ければ、じっと此方を伺う双眼と目が合った。丸い眼鏡と綺麗なエメラルドグリーンの瞳が印象的な男の子だ。
「もしかして、貴方も新入生?」
「う、うん」
声を掛ければ、男の子の肩がビクリと跳ねた。男の子は同年代の子と比べると折れてしまいそうな程細く、サイズの合っていないぶかぶかな服がより彼の細さを際立たせている。「おお、そうだ!忘れとった!」突然、大きな声を上げたハグリッドに、二人揃って飛び上がった。
「この子はハリー・ポッターだ。そんでハリー、こっちはシンシア・スノウベル。お前さんとおんなじ今年からホグワーツだよ」
ハグリッドが誇らしげにバンッバンッとハリーの背中を叩くのでハリーはよろりとつんのめった。なんとか体制を整えたが、近くなったシンシアとの距離にぎょっとして慌てて後退する。しかし、その開いた距離をぐいっと詰めてシンシアがハリーの両手を握った。その顔にはぱぁっと華やいだ満面の笑みが広がっている。
「シンシアよ。私、同い年の友達ってはじめてなの!よろしくね、ハリー!」
「──うん──よろしく──」
シンシアはぶんぶんとハリーの両手を上下に降って破顔する。その緩く細められたラピスラズリの瞳をぼうっと惚けたように見つめながら、ハリーはぼんやりと頷いた。
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