「ちょっとちょっと!あの二人、いい雰囲気じゃない!」 ぱらぱらと傘を打つ雨の音にも負けない、興奮した甲高い声がひっそりとした森の中に霧散した。太田さんの強引な誘いに困っていた蘭を助ける為か、はたまた太田さんから離れる為の口実か。そのまま玄関から出ていった蘭となまえを慌てて追いかけたのはいいものの、園子のストレートな言葉に胃のあたりが重くなる感覚がする。前方で、一本の傘を共有して仲睦まじげに歩く姿は園子じゃなくともいい雰囲気だというのがありありと伝わった。それに比べ、なんでオレは園子と相合傘してんだろうなと園子には悪いがすこし遠い目をしてしまう。 「それにしても意外だったわ」 「なにが?」 「なまえよなまえ!アヤツがあんなサラッと蘭を助けるなんて···」 不覚にも格好良いって思っちゃったじゃない。泥濘に滑らないように足元に目を配りながら、園子が悔しそうにボソリと吐いた。意外、な。どんどん奥へと進んでいくふたりの背中を視界に、うっすらと口角を持ち上げる。他人の願いを叶える為に行動して、役に立つことができたのかと胸を痛めるようなヤツが困っている蘭をほっとけるとは思えなかったし、大体いまも、肩が濡れるのも構わず傘の半分以上を蘭に傾けているくらいお人好しなヤツなのだが、それをわざわざ教えてやる気は起きなかった。 「蘭がなまえに乗り換えちゃう前に誘惑しちゃおうかしら」 ゴロゴロと不穏な天候の下、さらりと言った園子のタチの悪い冗談においおいと失笑を浮かべる。けれど、なまえの背中を見つめるグリーンの瞳にはわずかな熱が篭っているような気がした。まさか、瞠目して園子を見遣ればその瞬間カッと光が走り、唸るような激しい雷鳴が森全体に轟いた。「ひっ」園子の短い悲鳴も掻き消えるほどの鼓膜を突き抜けるような雷鳴に反射的に目を瞑ってしまう。しばらくして開けた視界が捉えたのは、雷に驚いたのか走り去る蘭の姿と傘を放りだして後を追うなまえの背中だった。 「びっくりしたぁ。近かったわね、いまの雷」 空を見上げる園子を尻目に、隠れていた茂みから飛びだすとぬかるんだ土を蹴った。けれど、とうに見えなくなった姿にわずかな焦りが滲み、顔にかかる雨粒さえ煩わしく苛立ちげに前髪を上げる。止まった足は、どっちに行けばいいのか分からなくなっていた。「キャーーーッ!!」逡巡に立ち止まっていたら突如、劈くような悲鳴が響き渡った。急いで悲鳴の聴こえた方角へ駆け出して、邪魔な茂みをガサリとわける。「なっ···!」開けた視界に移ったのは、吊り橋の上で見た顔面に包帯を巻いた怪しげな人物と、蘭を庇うように背にして対峙するなまえの姿だった。 「どうしたの、蘭?そんな大きな声だして···」 茂みから飛びだしたオレと園子の姿に、その人は颯爽とマントを翻すと森の奥へと消えて行っていく。追いかけようとした足は、けれど闇に紛れてしまった漆黒のマントに悔しさを滲ませて見送るしかなかった。な、なに今の人。怖々と口にした園子に、誰も答えを持ち合わせていなかった。 別荘に戻ったオレたちは、事の経緯を全員に話した。けれど、森に入っていたという知佳子さんも角谷さんもそんな怪しげな人物は見ていないという。しかし、別荘に来た時にチューリップハットを被って包帯を巻いた人物を高橋さんと角谷さん、太田さんまでもが目撃していたようで、この辺りに人が住むような別荘は無いと言った綾子さんの発言により一瞬にして場が凍りついた。 「け、警察に連絡を···!」 角谷さんの言葉に、綾子さんが電話を手に取ったが繋がっていないようだったし、狂乱して走り去ってしまった高橋さんを追いかけた先の吊り橋は、あきらかに人為的に落とされていた。 「とんだ同窓会になっちゃったわね···」 「元はと言えば姉貴があんな話するからよ」 「それって敦子さんのこと?ほら、2年前に何かあったっていう···」 ひとまず、朝まで待つしかない為、森には入らないことに落ち着いた。綾子さんが夕食の支度をする間、それぞれ思い思いに過ごしているようでリビングには綾子さんと園子、それから蘭となまえの姿しかみえなかった。テーブルの上にお皿や夕食を用意する綾子さんに、園子が咎めるような口調で言ったのを聞いてずっと気になっていた事を口にする。敦子さんの名前に、ちょ、ちょっとコナンくんと蘭が制するように声を投げたが、気になっていたのはオレだけじゃないようでそこに居る全員の視線が綾子さんに集中しているようだった。 「自殺したのよ、敦子。2年前に」 静かに話し出してくれた綾子さんによれば、敦子さんも映研の仲間だったらしい。それが2年前に突然首を吊って自殺をし、それからは仲が良かった皆と疎遠になってしまったという。そこで、今回綾子さんが声を掛けて久しぶりに集まったというわけだった。「だから、もうその事は聞かないでねコナンくん」そう言った綾子さんは切なげに眉を垂れさげていて、きっと未だ胸を痛めているのだろうことがその瞳から伝わった。う、うん。ゆるりと首肯したタイミングでリビングに入ってきた太田さんと角谷さんに「すこし早いけど夕食にしましょうか」穏やかに微笑んだ綾子さんを皮切りに、各々が席につく。その中に知佳子さんの姿はなく、疲れたから部屋で休むと綾子さんに言付けたようだった。 「高橋くん、ご飯できたわよ」 「うん。もう少しだから」 「ったく。あんな太ってんのに屋根の上なんかよく登れるよな」 「昔っから器用だったものね、高橋くん」 綾子さんの呼び声に、屋根の修理をしていた高橋さんが梯子から顔をだしてもう少しやりたいと言ったのに、太田さんが鼻を鳴らして悪態をついた。こいつのどこがクールなんだよ。そう、嫌悪の含んだじっとりとした眼差しを送っていたら隣に座っていたなまえが「···太ってる?」と、どこか腑に落ちない様子で高橋さんを見上げた。その真剣な表情に、どうしたのかと声を掛けようとして突如上がった奇声にハッと口を閉じる。 「だ、誰だお前は!!」 「どうした?!」 「誰かいるんだよ!下の窓の傍に!!」 「窓の傍?」 2階のベランダの窓から声を荒らげた高橋さんに、全員の視線がその下にある窓に向いた。怪訝な表情で見ていれば、窓の外、あの包帯の男が通り過ぎて行く姿があった。一瞬だったが、彼は間違いなく知佳子さんを抱えていた。くそっ。椅子を蹴り倒して、素早く窓に駆け寄ったが、とっくに森に入ってしまったのかその姿はどこにもない。 「なまえ兄ちゃんはそこに居て!」 「なっ──」 「また戻ってくるかもしんねーから!」 窓枠に足をかけたなまえを制して、懐中電灯を手に窓から飛び降りる。瞠目した瞳を横目に、森の中へと走り出した。 ← → back / top |