森に逃げた包帯の男の後を、オレと太田さん、角谷さんに高橋さんの4人で追ったが、結局、見つけたのは四肢をバラバラに切断された知佳子さんの遺体だった。その後もしばらくは辺りを捜索したが、包帯男の足取りはなにも掴めなかった。知佳子さんの遺体に角谷さんの上着を掛けて別荘に戻ったオレたちは、残っていた蘭と園子、綾子さんとなまえに知佳子さんが殺されていたことを伝える。「明日の朝一で下山して警察に伝えましょう。今日はもう遅いし休んだほうがいいわ」すっかり沈んでしまった空気を持ち直すような綾子さんの言葉に、行方のわからない包帯男を懸念してしっかりと戸締りを確認したオレたちは、ひとまず就寝につくことにした。 それにしても、なぜ千佳子さんは怪しげな男が彷徨いているというのに、それも、誰にも気づかれないように裏口から外出したんだろう。それに、森の中で蘭を襲った理由もわからないままだった。すっきりとしない気持ちにすこしも眠れそうになく、ごろりと身体を横に向ける。寝返りを打った先でなまえの華奢な背中が視界に映り、そういやなまえとおんなじ部屋だったんだっけと今更になって思い至った。 オレにとって、なまえがここにいるのは予期せぬ収穫だった。偶然、彼がピザを届けに来たり新名先生の件で彼の傍にいたりと何度か顔を合わせることはあったが大した会話もできず飄々と去って行ってしまうので、どうにかちゃんと認識してくれる機会がないかとずっと考えていた。今朝方、やっと名前を交わし合うことはできたもののどうせなら江戸川コナンとしても交流を深めておこうと同室を志願したというのに、部屋に入るなり寝巻きに着替えたなまえは早々にベットに入ると、背を向けて横になってしまった。どうして彼が、オレに部屋はどうするのかと、選択肢をくれたのかはわからないが同室でもいいと言ってくれているようで僅かに浮上していた気分も、今ではすっかり消沈してしまっている。 横に流れた毛先から、雪のように白くほっそりとした項がちらついていて電気を落とした暗闇の中でも映えるその色をただ、ぼんやりと見つめていた。けれど、その色に連なるように、寝巻きに着替えた際に見てしまったなまえの男にしては細すぎる白い腰やお風呂上がりの上気した頬、ぽたりと毛先から垂れた雫が鎖骨を伝う光景がぶわりと脳裏に思い起こされて振り払うように慌てて目を逸らす。やっぱ同室にしたのは間違いだったか。そうすこしだけ後悔した時だった。 「···ねむれないの?」 わずかに掠れた、けれど穏やかな声が耳をついた。すこしだけ舌っ足らずで幼子のような口調なのは寝起きだからだろう。突然、掛けられた声にばくばくと心音を鳴らしながらも起こしてしまったかと謝罪をこぼす。 「ごめんなさい、起こしちゃったね···」 「いや、ちょっとうとうとしてただけだから」 そう言って、ごろりと身体をオレの方へと向けたなまえはぱちぱちとおもむろに瞼を開閉させながら気だるげにオレをみる。いつになくぼんやりとして儚げにうつるその姿に心臓が一層激しく脈を打つのを感覚した。乾いた唇を湿らせる仕草すら色香が舞っているのには気づいていないのだろう。倦怠感を含んだ色素の薄い瞳に、きっと耳まで赤くなっているだろうオレにも気付かずなまえは湿った唇を緩慢に開く。 「あの、包帯のヤツ?」 「う、うん!」 ああ、そういえばそれを考えてたんだっけ。なまえに言われるまで、すっかり忘れてしまっていた。ずっとその件で頭を悩ませていたというのに、いつの間にかなまえの事ばかり考えていたことに気付かされて駆け巡った羞恥を取り繕うように首肯する。 なんなんだろうな、アイツ。そう、ぼんやりと空を見つめる瞳は包帯の男を思い返しているのだろうか。すこしだけ落ち着いてきた心音に、なまえの意見も聞きたくてさっきまで考えていたことを声に乗せる。 「ねぇ、なまえ兄ちゃんはなんで蘭姉ちゃんが襲われたんだと思う?」 「さぁ。けど、無差別じゃないなら恨みを買ってるのか、相手にとって不都合な物を見たのか···」 「不都合な物って?」 「たとえば、アイツの包帯を取った素顔とか、アイツが誰なのか特定できる証拠とか」 やんわりと答えてくれたなまえの言葉に、顎に手を当てて思考する。もしかしたら蘭はなにかを見てしまったのかもしれない。けど、蘭だけがその不都合なものを見る隙があっただろうかと蘭の行動を思い返して、そういえば、と夕飯の時なまえの言動に引っ掛かりを覚えたことを思い出した。 「なまえ兄ちゃん、夕食の時、高橋さんのこと妙な顔で見てたよね?」 「高橋さんってだれ?」 「ずっと屋根の修理してたぽっちゃりした人だよ。太田さんが太ってるのに屋根に登るなんてって言った時、高橋さんのこと見てたよね?なんで?」 そういやコイツ、昔っから人の名前覚えるの苦手だったなと、すこしの苦笑を滲ませながら丁寧に説明を入れる。くわぁと欠伸を噛み殺した、眠たげな表情でしばらくぼんやりとしていたなまえは、ようやく思い至ったのかああ、と呟いた。 「あの高橋さんって人、どう見ても太ってないじゃん」 「はっ?」 けろりと口にしたなまえに思わず素の声が出てしまった。もしかしてまだ寝惚けてんのかと呆れた眼差しで見遣れば、オレの視線を汲み取ったなまえがわずかに眉を顰めた。 「別に、信じなくてもいいけどさ。これでも俺、多少は医学齧ってるし人の体型とか見ればだいたいわかるんだよね」 「は?医学?」 「あー···まあ、親が医師だし」 しまった、となまえの顔が歪んだのを見逃さなかった。瞠目するオレに、どこか言いづらそうに視線をさ迷わせると、じっと見据えるオレに観念したのかちいさく息をついて渋々と言葉を吐いた。なまえの表情から言いたくなかったのだとわかったし、親が医者ならそれなりに裕福なはずなのになまえがバイトをしているのもなにか事情があるのだと勘づいて、オレは神妙に口を閉ざす。ずっと黙っていたこともそうだし、気にならないといえば嘘になるが江戸川コナンの口からそれを伝える訳にもいかず、なによりこれ以上踏み込んでくるなとなまえの纏う空気が物語っていた。 「じゃあ、なまえ兄ちゃんの目から見たら高橋さんは太ってないんだね?」 話題を戻せば、あからさまに表情を和らげたなまえがゆるりと首肯した。 「脂肪はあんな揺れ方しないからな。きっとなにか詰め物でもしてるんだと思う」 「でも、なんの為に?」 「さぁ。そう見せたほうが都合でもいいんじゃねーの」 どうでもよさそうに言うと、なまえはごろりと仰向けに体制を変えて目を瞑ったようだった。それを眺めながら、なまえの言葉をぐるぐると反復させる。太っているように周囲に思わせることで、都合のいいこととはなんだろうか。余計にこんがらがった思考に、わしゃわしゃと頭を掻き毟りたくなるような気分でごろりと天井を仰ぐ。けれど、コンコンッと突如響いた軽いノックの音にがばりとその身を起こした。 「ご、ごめんね、こんな遅くに···」 なまえと顔を見交わせて、恐る恐る開けた扉の前に居たのは申し訳なさそうに眉を垂れ下げた蘭だった。拍子抜けした気分のまま「どうしたの、蘭姉ちゃん」と聞けば、眠れなくてと返ってくる。 「ひとりじゃ心細くて···。一緒に寝てもいい?」 「えっ!?」 「別にいいけど。そいつと一緒に寝ろよ」 「えっ!?」 蘭となまえ、交互に視線を向けて驚きの声を上げるオレには構わず、なまえは蘭だとわかるとさっさと肩まで布団を掛け直して寝る体制に入ったし、蘭は蘭でホッと胸を撫で下ろしていそいそとオレのベットに横になってしまった。その姿に、ちったぁオレの意見も聞けよ!と内心で毒づきながらも小さく肩を竦めて、オレも蘭の隣に横になったのだった。 ← → back / top |