ほどなくして、別荘に灯りが戻った。その事に安堵の表情を浮かべる面々を眺めながら、オレはそっと蘭から離れて、この事件の真相を頭のなかで明確に組み立てていく。

先程、蘭におぶられながら確認した2階の割られた窓ガラスは鍵が空いていたことから、一度内から外にでて割ったのだとすぐに分かった。それに、ベランダの手すりには二本の溝がくっきりと残っていたことから、みんなの前で知佳子さんを抱えて去っていった包帯男の一件がトリックだったことも判明した。なぜ、三度も蘭を執拗に狙うのか。その理由も停電前のなまえの発言で解決していた。誰にも気づかれずに森に知佳子さんの死体を運んだのも、すべて、彼の犯行だとしたら辻褄が合うのだ。

そう、推理を整理して階段の手すりに寄りかかっているなまえを見遣る。もしかしたら、彼はこの事件の真相に行きついているのかもしれないとオレは思っていた。先程のなまえの発言は、明らかに気づかせようとする意図が含まれていたからだ。ゆっくりとなまえの傍に足を運べば、眠た気な眼差しがオレを緩慢に見下ろした。

「ねぇ、なまえ兄ちゃん」
「ん?」
「あの手すりの溝って見た?」
「うん。見たよ」
「そう。それとね、知佳子さんのチョーカーが玄関に落ちてたんだって。角谷さんのカメラで確認したけど、あの時、知佳子さんの首にはちゃんとチョーカーが付いてたんだ。包帯男は森に消えたのに、おかしいよね?」
「そうだな」
「それに、ボクが蘭姉ちゃんになにか見たの?って聞いたときなまえ兄ちゃんははっきりと体型だって言ったよね」
「···言ったけど、それがなに?」
「ううん、すっごくはっきり言うからなんでだろうなぁって思って!──あとさ、なまえ兄ちゃん。停電が起こって、ボクたちが戻って来た時、ずっとこの誰かを監視しやすい位置に居たけど、それはなんで?」

気だるげにオレを見下ろしているなまえの表情が徐々に険しくなっていくのがわかった。声を低くして尋ねれば、なまえが煩わしいとばかりにあからさまな吐息を吐いた。

「まどろっこしい。はっきり言えよ」
「なまえ兄ちゃんは、誰が包帯男かわかってるんでしょ?」
「だったらなに?」

オレの質問は予想していたのか、なまえはピクリとも表情を動かさずに平然と言った。それに、思わずオレは唇を尖らせる。

「分かってんなら、みんなに説明してよ」
「やだよ、めんどくさい」

目立つの嫌だし。そう言ってなまえはついっと視線を背けた。まあ、コイツが素直に推理を披露するわけねーよな。予想通りといえば予想通りの反応に、苦笑を浮かべる。おっちゃんがいない手前、なまえが説明してくれたら楽だったのだが、きっと頷くことはないだろう。勘のいいなまえを眠らせるわけにもいかないので、それなら探偵役は蘭しかいないかと園子と喋っている蘭を見遣る。

「──なぁ」

唐突に、上から振ってきた声に顔を上げた。形の整った大きな瞳がオレをゆるりと見下ろしていて、話は終わったとばかり思っていたオレは首を傾げる。

「なあに?」
「そのわざとらしい話し方、しなくていいから」
「はっ、?」

それだけ。そう言って、前を向いたなまえの瞳はもうオレを向くことはなかった。読めない表情にヒヤリとした汗が伝う。もしかして、バレたのだろうか。たしかに、なまえの前ではちょいちょい素の口調がでてしまっていたが、そこから工藤新一を繋げれるほどなまえとの交流は深くはないし、むしろ歯痒くも中学に上がった時からめっきり減っていた。中学は別々の学校だったので仕方がないとはいえ、まずコイツが工藤新一を覚えているかも怪しいと思っている。考えれば考えるほど、どんどん沈んでいく気持ちにぶんぶんと頭を振ってとりあえず包帯男の件に集中しねーとと、蘭に向けてこっそりと麻酔銃を構えた。

───


「私、わかっちゃったのよ。知佳子さんを殺した殺人鬼の正体が···!」

人目を忍んでテーブルの下へと身を隠した彼が、鈴木の声色で口火を切ったのにああ、はじまったなと思った。蘭を狙って放った麻酔針が園子の首筋に刺さったのは彼にとって誤算だったようだが、どうやらそのまま鈴木を探偵役に置いて乗り切るつもりらしい。突然、テーブルに突っ伏すような格好で、そう話しはじめた鈴木に一同が揃って驚愕の視線を向けた。

「な、何言ってんだよ園子ちゃん。犯人はあの包帯男に決まってんだろ?」
「そうだよ。今も森の中で俺たちを狙っているはずだ」
「みんな思い出してみてよ、蘭が包帯男に襲われた時の事を。包帯男は雨が降っている外から侵入した筈なのに、部屋には泥の跡なんてなかったじゃない。それはつまり、包帯男が別荘の中にいたってことよ」
「えっ!?」

驚きの声を上げる面々を気にする素振りもなく、彼は淡々と推理を伝えていく。

「侵入口は恐らく、蘭の部屋の隣にある知佳子さんの部屋。そこからベランダにでて、部屋に蘭がいないことに気づいた包帯男はそのままなまえの部屋に入って蘭を襲った。しかし、蘭に大声を出され、慌てて元の知佳子さんの部屋に戻った。そこで素早く着替えて、みんなが集まっているなまえの部屋に何食わぬ顔で合流したってわけよ。───つまり、殺人鬼はこの中にいるのよ!」

きっぱりと揚言した鈴木に、動揺が拡がっていくのがわかった。「ちょっと考えてくれよ、包帯男が窓の外を走り去った時、俺たちは全員別荘の中にいたんだぜ?」そんな馬鹿なと呆れたように肩を竦める太田さんに、トリックを使ったのだと鈴木が言った。その説明をする鈴木の声を手摺により掛かりながらぼんやりと聴き入る。

大方、俺が考えていた推測と大差はなかった。けれど、彼のように論理立てて説明できる自信はなかったし、なぜ俺に白羽の矢が立ったのかはわからないが鈴木が犠牲になってくれて良かったと思っている。それにしても、先程のコナンの口振りは僕も犯人が分かってると言っているようなものなのだが彼は気づいていないのだろうか。ちらりと彼を見やっても、鈴木の背中が邪魔で捉えることはできなかった。

「──そんな芸当ができたのはあの時、屋根の修理でベランダにいた高橋さん!あなたしかいないのよ!」

ぼんやりとしている間に、推理はだいぶ進んでいたようだった。じょ、冗談だろ園子ちゃん。言明された高橋さんが、狼狽えながらも鈴木に食い下がった。

「僕がそのトリックを使って死体を引き上げたんだったら、その死体をどうしたっていうのさ?あの後僕はみんなと一緒に森に行き、知佳子のバラバラの死体を見つけたんだよ?」

僕、死体なんか持ってなかったよね?汗を滲ませながら、そう太田さんと角谷さんに確認する高橋さんを「運んだ証拠も残っているわ」鈴木がばっさりと言い捨てた。

「姉貴が玄関で見つけた知佳子さんのチョーカーよ。連れ去られた時、知佳子さんは首にチョーカーを付けている。みんなが出ていった後、それが玄関に合ったっていうことは、あの時彼女の死体を抱えて玄関を通った人物がいるってことよ」
「だから、僕はあの時、手ぶらだったって。それに死体を誰にも気付かれずに運べるわけが···」
「死体ならね。でも、それが首だけなら?」

鈴木の低い声色に、全員がハッと表情を強ばらせた。彼女の言うように、知佳子さんは四肢をバラバラに切断された状態で発見されたのだ。それが、森に入ってから行われた犯行だと思わされていたが、あの時、包帯男が抱えた知佳子さんはマントから首だけしか見えていない状態だった。その時すでに知佳子さんが殺されていた可能性は充分にあるのだ。

「バカバカしい!なんで僕が知佳子を殺さなきゃいけないんだよ!それに蘭ちゃんまで!それに、それに···」
「それに?どうして言わないの?証拠があるじゃない。包帯男と貴方とでは体型が全然違うということが」

言い淀んでいた高橋さんに、鈴木がまるで手を差し伸べるように言葉を吐いた。そうよ!包帯男は太ってないわ!確固たる証拠に、綾子さんが優しく声を掛けるが高橋さんの表情は優れなかった。そりゃそうだろうと俺は、顔を伏せて一点を見つめる高橋さんに視線を送る。本来なら一番先に口にでる包帯男との相違点なのに、指摘されても尚、口に出せないのがなによりもの証拠だった。

「彼は、聞き返されるのが怖くて言えなかったのよ。──貴方、本当に太ってるんですか?ってね!」

鈴木の言葉に、だらだらと汗を垂らしながら、高橋さんは顔を青ざめさせていた。高橋さんの犯行を、順を追って説明していく鈴木にもう言葉も出ないようだった。そんな彼の様子に、そんな···と綾子さんが口を抑えてたたらを踏む。

「蘭が森で襲われたのは、間違えて部屋を開けてしまったときに彼の本当の体型を見てしまったからよ。けれど、結果は失敗。包帯男に脅えて本当に殺したい知佳子さんが下山するのを恐れた彼は、電話線を切り、橋を落とした。そして、計画通り知佳子さんを森に呼び出して惨殺したってわけよ。呼び出した方法は、彼が彼女の部屋の扉に挟んだ手紙。恐らく内容は、2年前に自殺した敦子さんという姉貴の大学時代の英研仲間で···」
「そうさ!!みんな敦子の為にやったことさ!!」

肩を震わせて、声を張り上げた高橋さんに誰も言葉を掛けれなかった。静かに話しだした彼の動機は、やはり自殺した敦子さんにあったようだった。知佳子さんの出世作の"青の王国"は敦子さんが大学時代に執筆していたものだったらしい。それが原因で自殺した敦子さんの仇を打つために、知佳子さんを殺害したのだと息を荒らげて言い放った高橋さんが突然、バサリと腹部に隠していたマントと包帯を床に投げ捨てた。

「終わったよ、なにもかも。僕は、あの世で敦子と暮らすんだ。仇をとった正義の死者として!」
「ま、待て!高橋!」
「近寄るな!!」

そう言って、ナイフを首に宛てがう高橋さんにどよめきが走った。止めようと、手を伸ばした角谷さんに向かってナイフを振り回す高橋さんの奇行に、思わず眉間に皺を寄せる。角谷さんと知佳子さんが今も恋人関係だったのかはわからないが、少なくとも好きだった人を亡くしてしまったのは高橋さんだけじゃないのだ。けれど、深い悲しみに捕らわれてしまった彼は、もう周囲を気遣う余裕もないのだろう。懸命に声を掛ける角谷さんの言葉も耳に届いていないようだった。

「───ざけんなよテメェ!!死にたきゃ勝手に死にやがれバーロー!!」
「そ、園子···?」
「たしかにお前は敦子さんの為に罪を犯したかもしれねぇよ?だがな!そのあとお前が蘭を襲ったのは、彼女の為でもなんでもねぇ!!お前は、犯罪者になってしまう自分が怖くて蘭を襲ったんだよ!今のお前は、正義の死者なんかじゃない。──ただの醜い血に飢えた殺人鬼なんだよ!!」

突如、荒い口調で叫んだ鈴木に毛利が瞠目したようだった。素がでてしまっている彼に、うっすらと口角を持ち上げる。正義とは、たとえ復讐のためとはいえ人を殺めてしまった今の彼にはもっとも掛け離れた言葉だろう。彼の言葉が効いたのか、ガクリと膝を落とす高橋さんに、コナンと俺の治療の後からテーブルに置いたままだった救急箱を手に取って緩慢に近寄る。そのまま、彼にならうように腰を落とせば高橋さんがゆるりと焦点の合わない視線を持ち上げた。

「無念だっただろう敦子さんの気持ちも、敦子さんを救えずにこういう形を取るしかなかった高橋さんの気持ちも、理解はできます」

言いながら、高橋さんの首筋に垂れる、ナイフを宛がった際にできた鮮血を脱脂綿で拭う。細く切れた傷口に消毒液を付ければ、痛みを感じたのか高橋さんがわずかに顔を顰めたようだった。

「でも、俺は復讐は復讐しか生まれないと思ってますし、大事な貴方の手を汚してしまったことを敦子さんが本当に喜ぶでしょうか?」

ツキリと痛む肩に苦戦しながら、血が止まった彼の傷口にガーゼを貼る。処置の終えた患部から手を離し、ゆるりと彼の顔を見遣れば、揺れた瞳とかち合った。

「たとえどんな理由であれ、誰かの為に汚す手じゃなく、誰かを救う手でありたいと俺は思ってますけどね」

それが友人を殺そうとした人であっても。そうやんわりとした口調で言えば、今度こそ高橋さんは床に顔を埋めてしまった。毛利を襲ったことも、コナンの足も、俺の肩の傷も許すことはできないが、然るべきところで処遇を受けた高橋さんが考えを改めることをひそかに願う。いつの間にか隣にいたコナンが小さな手で、俺の手のひらを握っていた。






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