※季節、時系列違います


元々、人と関わるのはあまり得意ではなかった。この身体に産まれてからは特に、体裁を取り繕うのも億劫で、極力、人と接するのは避けていた。無愛想で物静か。子供の興味など時期に移りゆくもので、つまらない奴だと思ってくれればそのうち飽きて離れていく。これは、そう勝手に決めつけていた俺が悪いのだろう。

「おい、まだ怒ってんのかよ?」

狭い乗用車の車内。移り変わる車窓の景色を無言で眺めていた俺に掛けられた、少し潜めた声。「別に。もう、乗った後だし」冷たい窓に額を付けたまま、ぶっきらぼうにそう言えば触れた肩が僅かに下がったのがわかった。幼い声の弾む賑やかな車内で、一角だけがじりじりと不穏な空気を発している。

「⋯しゃーねぇだろ。アイツらがおめーも連れて行くって聞かねぇんだから」

はぁ。隣からのあからさまな溜め息に、吐きたいのはこっちだと喉から出かかった文句を既のところで飲み込んで、ついっと横目で流し見る。

「そりゃあ、どーも。まさか、あんな丁重な扱い受けるとは思わなかったよ」

代わりに吐いた嫌味に「やっぱ怒ってんじゃねーか」そう言って、江戸川がちいさく息をついた。べつに怒ってないとは言っていない。そもそも、家を出た途端、いきなり車内に引きずり込まれたのだから怒るなというのが無理なはなしだ。まあ、馴染みのある顔を見た瞬間、湧いたのは怒りよりもまたお前らかとうんざりした気持ちでいっぱいだったが。

「っていうか、なんでドレスコード?」

よく見れば、江戸川だけじゃなく全員が揃って余所行きの格好をしていた。運転手の博士までもがかっちりとしたスーツを着ている。「ああ。」眉を顰めた俺に、江戸川がにやりと厭らしく口角を持ち上げた。「僕達、どこに向かっていると思います?」その横から、ひょっこりと顔を出した円谷、小嶋、吉田もにまにまと似たような笑みを浮かべている。「どこって⋯」少々不気味に思いながら、窓の外に視線を向けた。住宅街を通り過ぎ、赤味の帯びた街並みを抜け、今は四車線の広々とした国道を走っている。もう少し先に行けば海沿いの道路に出るが、まさかこの時間から海に行くわけじゃないだろう。

「ほら見て!あれだよ!あれ!」
「あれ?」
「ツインタワービルですよ!」

彼らが一斉に指し示したのは、空を切り裂くように高々と聳え立つ二層のビルだった。連絡橋で繋がれたソレは先日完成したばかりだと、今朝のニュースで取り上げられていたのをぼんやりと覚えている。けれど、確かまだ来場者の入場は開始していないはずだった。

「おじさん⋯あー、世話になってる人がオーナーと知り合いだったんだよ」

眉を潜めた俺の意図を汲み取って江戸川が言った。どういった経緯かは知らないがつまり、関係者のみのパーティーにでも招待されたのだろう。「僕達、オープンパーティーに招待されたんですよ!」それを裏付ける円谷の言葉にふーんとやる気なく頷いて、はたと気付く。

「え、待って。それに俺も同行すんの?」
「だからいま向ってんじゃねーか」

何言ってんだこいつと言わんばかりの飽きれた視線に、ひくりと目元が引き攣った。わかってはいたが、どうやら選択肢はないらしい。

「いや、てか俺、私服だし」

そもそも、ただ近所のコンビニに行く途中だったのだ。スキニーパンツにTシャツといったラフな格好で参加するわけにもいかないし、なにより行きたくない。「あ、ほんとだ」「いーんじゃねぇーか?そのままで」「良くないですよ。なんせパーティーですから」たった今気づいたらしい彼らの会話に、そっと安堵の息をつく。このまま話が流れてくれればいい。そう思っていた俺の期待を裏切るように、ばさりと頭から被せられた布の感触に一瞬にして視界が黒く染まった。

「それ着ときゃ平気だろ」

手に取れば、それは見慣れた青いジャケットだった。思わず、無言で手元と江戸川を見比べる。江戸川は、いつものワイシャツに蝶ネクタイだけの涼しい格好で、素知らぬ表情でフロントガラスを見詰めていた。これは突き返してもすんなりとは受け取ってくれなさそうだ。悪足掻きを早々に諦めて、しぶしぶとジャケットを着る。俺とそう身長は変わらないくせに、少しだけ袖が余るのがまたむかついた。


走行して暫く、漸く着いたツインタワービルの前は、受付をしているせいかそれなりに列ができていた。着飾った人達の中、ちらほらと見える警官の姿は警備の為だろうか。その人混み中でも圧倒的に多い奇っ怪な物体に、多少うんざりしていた俺の横を元気な三人が弾けたように飛び出していく。「これ!お前たち!走ってはいかん!」慌てて追いかける博士の事などお構い無しに、一直線に駆け抜けながら彼等はそれぞれに声を張り上げた。

「蘭お姉さん!園子お姉さん!」
「蘭さんに園子さん!」
「おーい、姉ちゃん達!」

少年少女の声に、ハッとして振り向いたのは高校生くらいの女の子ふたりだった。邪魔にならないよう、入口から離れた場所に佇んでいた二人は駆け寄る彼等の姿に片手を上げて応えた。

「よかった。みんなちゃんと来れたんだね」
「もー!遅いじゃない!」
「すまんのぅ。ちぃーっとばかり寄り道しとったんじゃよ」

そう言って博士が、困ったように笑った。どうやら全員、面識があるようだ。

「寄り道って?」

小首を傾げた女性に、彼等は顔を見交わせるとにんまりと猫のように目をしならせた。ぐるりと一斉に向いたみっつの双眼に、嫌な予感がかけあがる。

「なまえくんを迎えに行ってたの!」

そう言って灰原の後ろにいた俺の左右、素早く移動したちいさな人壁に驚く暇もなかった。がっちりと組まれた両腕に、遅れて目を瞬かせる。

「なまえくん〜?」

頭上からの間延びした声に、慌てて顔を持ち上げた。どことなく灰原を匂わせる髪型と、吊り目がちな瞳。思ったより近くにあった顔にぎょっとしている俺に構わず、その人は、かくりと折り曲げた腰を抑えてまじまじと不躾な視線を向けてくる。

「えっと、」

どう反応すればいいのだろう。居心地の悪さに視線を逸らした先ではもう一人の女性が似たような表情を浮かべて俺を見ていた。ばちりと合わさった視線に気まずさを感じた俺とは違い、彼女はにっこりと柔らかな笑顔で腰を折る。

「なまえ⋯くん?だよね?コナンくんからよく話を聞いてるよ。私は毛利蘭。そっちのお姉さんは鈴木園子っていうの」

コナンくんと仲良くしてくれてありがとう。瞳を彩る暖かな色は、大人の対応というより保護者のそれだ。
彼女が、毛利蘭。名前くらいは知っていたが、まっさらで穏やかな気はさすがヒロインというべきか。「いえ⋯こちらこそ」未だ、慣れない扱いに自然と表情が硬くなる。

「ふーん。なかなか綺麗な顔してるじゃない」
「ほんと、お人形みたいだね」
「⋯どうも」
「ほれ、そろそろ行こうかの」

その反応も慣れたもので、博士の呼声によって漸く関心の離れた視線にこっそりと安堵の息を吐いた。






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