最上階のパーティー会場は、既にたくさんの人で賑わっていた。中央には豪華な食事が並び、煌びやかな照明にも負けない衣装を纏った著名人たちがグラスを片手に談笑している。「あ、お父さん!」その中に居た、ひとりの男性に毛利が素早く駆け寄った。お父さんということは、彼があの毛利小五郎だろう。

「もう!どこに行ったのかと思ったら⋯!」
「いやぁ、待ちきれんくてな」

へらりと笑った彼の片手には、何種類もの料理が盛られたお皿があった。娘に詰め寄られる姿は探偵のイメージとは程遠く、想定していたのか鈴木や江戸川、博士の顔には呆れの色が浮かんでいる。

さっそく料理に飛び付いた少年探偵団の3人を尻目に、俺は静かに窓際に移動した。ぽっかりと空間を切り取ったような大きな硝子は、赤味の帯びた富士の風景を贅沢に描き映している。確かに、これは絶景だ。

「な?来てよかっただろ?」

音もなく隣に立った人物に、顔を向けることはしなかった。「⋯さぁ、どうかな」差し出されたグラスを素直に受け取った俺に、江戸川はくつくつとやけに可笑しそうに笑うのだ。

「素直じゃねーのな」
「充分、素直だと思うけど」

豪勢な料理に、圧巻の景色は確かに悪くはなかった。とはいえ、この人の多さでは自由に動き回ることも難しい。煌びやかな室内にはそぐわない、そこら中をふよふよと蠢く物体に尖った神経を解すようにこくりとグラスを煽った。甘ったるい酸味が舌を刺激して、ゆっくりと胃に落ちていく。

「なにこれ」
「リンゴジュース」

嫌がらせかと思ったが、同じものを持っているところを見るとそういうわけでもないらしい。暫く、敵の渦中にいるような、どことなく落ち着かなさを感じながら静かに落ちる夕陽を眺めていれば、突然、場内に歓声が広がった。オーナーの常盤美緒だ。

壇上に上がった彼女の催しは30秒を当てるという単純なゲームだった。しかし、景品は全く可愛くない。当たっても使い道のない車や自転車に興味はなかった。その上ごった返す人の群れの中に進んで向かう気力も湧かずに、わらわらと動く人の波をぼんやりと見詰める。

「やんねーのか?」
「うん、興味ないし」
「まあ、そうだろうな」
「あっ、こんな所に居たんですね!」

やけにあっさりと引いた江戸川に訝しげな視線を送っていたら、ふと、甲高い声色が鼓膜を揺らした。人波を掻き分けて現れた円谷にそのまま掴むように手首を取られ、きょとりと目を瞬かせる。

「は、なに?」
「ほら、もうはじまっちゃいますよ!」

ぐいぐいと引かれる手首に流されるように足が動いた。「コナンくんも!」「俺はやらないよ」そう言いつつ、当選者に興味はあるのだろう。後ろから付いてくる江戸川と、円谷に引かれるまま壇上の目前へと躍り出る。お子様は前に。常盤美緒の言葉通り、ちいさな背丈が並ぶそこには吉田と小嶋、そして灰原の姿があった。

「ちょっとどきどきするね!」
「こっちには歩美がいるから楽勝だぜ!」
「勝ったも同然ですね!」

そう、自信ありげな表情で笑う小嶋と円谷を横目に旗を指先で弄ぶ。結局はこうなるのか。携帯と交換で渡られた黄色い手旗に、俺はちいさく息を吐いた。まさかやらないと言っただけで盛大なブーイングを食らうとは思っていなかったのだ。ちらりと伺えば、上手いこと彼等から離れた灰原と江戸川の手に旗は無かった。江戸川はともかく、灰原も景品には興味がないようだ。

開始の合図を耳に、彼女の背後に視線を移す。くるくると踊る不透明なソレは常に彼女の廻りを揺蕩っているのだが、最近ではやけにそれが具体的だった。なにかを悲観しているのか、不安気な表情についっと視線を逸らす。俺には、関係ない。落とした視界で、手持ち無沙汰にくるりと旗を回した。

結果、見事30秒を当てたのは毛利小五郎だった。軽い授与の挨拶の後、会場の照明が暗転する。スクリーンに映し出された数枚の富士の絵。そして、左右に開かれた緞帳の先、一面に描かれた富士の絵を割くようにぶらりと四肢を垂れ下げた常盤美緒の姿に会場は一瞬にして悲鳴に包まれたのだった。






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