「びっくりした···じゃないわよ!びっくりして心臓が飛びでるかと思ったのはこっちなんだからぁ〜っ!」

うわああん!と盛大に泣き叫びながら猪のように突進してきた女の子。ぼろぼろと大粒の涙が、彼女の肩に染み込んでいくその微笑ましい光景の下で、一層増した重みに、圧迫された骨がぎしりと悲鳴を上げた。

「よかった、蘭···っ!死んじゃうかと思ったんだから···!」
「ご、ごめんね、園子」

ぐすぐすと鼻をすする園子という女の子の髪をやんわりと撫でながら、慰める蘭と呼ばれた女の子。戸惑いつつも、嬉しそうに目元を緩めるその柔らかな横顔を眺めながら、いい加減退いてくれねえかななんて顔を顰めてみるものの、どうやら俺のことなど眼中にないらしい。腹の上で交わされる応酬に、ぽつりと零れたのはちいさな吐息。

「···そろそろ退いて欲しいんだけど」
「あ、ごめんね···!」

彼女たちの和やかな会話をしばらく傍観していたが、足の骨も上半身を支えている腕も限界だった。ぽつりと落とした声は、しっかりと耳に届いたようで、えぐえぐと嗚咽をこぼす女の子を支えながら慌てて跨っていた足を退けてくれる。

ようやく解放された重みにちいさく息を吐いてゆっくりと立ち上がる。床が濡れてなくて幸いだった。白くなった制服を軽く叩いて、いまだ座り込んだままの彼女たちに口を開く。

「大丈夫そうだし、俺、もう行くから」
「あ、うん···」

意表をつかれたような、ぽかんとした表情だったが、頷いたのを確認して背を向ける。テスト期間中だからか、ほとんどが真っ直ぐ帰宅するか図書室で予習をする真面目な生徒が大半で、あとは教室で談笑しているのだろう雨音にも負けない愉しげな声がじめっとした階段にまで薄く延びる。それらの音を背中に、階段を降りーーー

「ーーって、ちょーーっと待ったーーっ!!」
「い゛······っ!」

ーーれなかった。ぐいっと後方へ引かれたことにより、踏み外した片足が宙をかく。背面から倒れそうになる身体に、反射的に手摺を掴んだが、支えきれずに打ち付けた尾骨への二度目の衝撃に一瞬、息が詰まった。

「ば···っ、あぶないだろ···!」
「あ、ごめん」

ぐるりと首を捻れば、なんとも軽い謝罪が飛んできた。けろりとした表情に怒る気力も削がれてしまい、思わず額に手を当てる。

「いいけど。で、なに」

体重を支えた手首もズキズキするし、打った腰も痛むし、気持ち的には全然よろしくない。よろしくないが、できれば穏便に済ませて帰りたい気持ちが勝ってしまった。叩いたばかりの制服の汚れを落として園子と呼ばれていた女の子に向き直る。彼女の手にはまだ、俺の鞄が握られたままだ。

「で、なに?···じゃないわよ!なぁに勝手に帰ろうとしてんのよ」
「いや、急いでるし」
「蘭を突き落としておいてそのまま帰る気?」
「突き···わざとじゃないし、事故みたいなもんだろ」
「蘭、立てないみたいなんだけど」

むすっとした仏頂面で、淡々と受け応えても彼女にはなんの痛痒もないらしい。むしろ、被せ気味に言葉を浴びせてくるから距離を詰められてる訳でもないのに、まるでぶすぶすと胸に指を突き立てられ責められている気分だ。

いまだ、彼女のうしろで座り込んだままの蘭を一瞥する。おろおろと、顔の横で両手を降っているが立つ素振りを見せないところをみると、どうやら本当に立てないようだった。押し黙った俺に、遠慮のない鋭い視線がビシビシと向けられる。

「で、ほんっとーに帰んの?」

吊り上がった勝気なグリーンの瞳がきらりと光った気がした。






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