舞台の上、まるで見世物のように吊るされた常盤美緒の遺体は、待機していた警官によって速やかに回収されて行った。吉田たち曰く、どうやらこのビルの建設に携わった人達が次々と殺されていたようで、この事態を懸念して警察が配備していたようだ。

すっかり騒然と化した会場を切り離すように仕切られたカーテンの向こう側。舞台上に居た関係者と警部たちが、事件の経緯を考察しているのだろうそこに当然のように消えていった江戸川と、何故かその背中に着いて行った灰原を尻目にぐるりと視線を巡らせる。狼狽える不安気な顔ばかりが並ぶ中、うろうろとまるで興奮した蜂のように空中を飛び廻る白いそれらに俺は静かに瞳を細めた。

「どうしたの?」
「いや⋯なんでも」

ちいさく頭を振りながらも、落ち着きなく天井を彷徨う白い靄に嫌な感覚がしていた。ひっそりと不穏が足元から這い寄る妙な感覚に、自然と眉間に皺が寄る。

「パーティー、中止かなぁ」
「そうでしょうね⋯」
「まだ全然食ってねーのに⋯──おわっ!」

そう小嶋がぼやいた瞬間、突然、足下がぐらりと揺れた。小刻みな揺れと、パッと消えた照明に響めきが波のように押し寄せる。「なにこの揺れ⋯」「地震かァ?」そう彼らは首を捻ったが、窓から漏れるビルのネオンを見る限り停電しているのはこのビルだけのようだった。

暫くして慌ただしく駆け戻ってきた警部たちによれば、どうやら地下4階で火災が発生したらしい。この揺れが本当に火災によるものなのか、そして意図的なものなのか。しかし、詳細を話すつもりはないようで、張り詰めた緊迫感の中、的確に指示を伝える警部の落ち着いた声色を耳に、ゆるりと天井を仰いだ。ぼんやりと暗闇に浮かぶ、先程よりも一層忙しない靄の動きは、なるほど、これを予見していたのかもしれない。

幸いにも、展望エレベーターは正常に作動しているようだった。目黒警部の指示の下、老人と子供、そして女性を優先に順番にエレベーターへと誘導されていく。

「さぁ、コナンくんも乗って」
「蘭姉ちゃん先に乗りなよ」
「いいから」

円谷、小嶋、吉田に灰原。そして俺が乗り込んだ後、毛利に背中を押されて乗った江戸川だったが、しかし鳴り響いたブザーにすぐさま飛び降りた。重量オーバーだ。

「コ、コナンくん⋯」
「大丈夫、次ので行くから」

不安気な吉田を宥めるよう、柔らかな声色で江戸川が言った。パーティー会場は最上階だし、まあ、彼なら心配する必要もないだろう。そう閉まる扉をぼんやりと眺めていたら不意に江戸川の視線がこちらを向いた。重なったのは一瞬。すぐに逸らされた瞳に、意図を尋ねる暇もなくゆっくりと扉が閉まっていく。

なに。徐々に降下をし始めたエレベーターに、結局、音を発さないまま緩く開けていた口をそっと閉じた。どうせ、とくに深い意味はないのだろう。そう、早々に思考を隅へと放り、下がるエレベーターの表示をぼんやりと眺めていれば「⋯随分、気に入ってるのね」不意に、ぽつりと囁くようなちいさな呟きが耳についた。狭く、静かな空間で、なのに溶けるように沈んだ声は隣に居て漸く聴こえたほど。ついっと横目で見た灰原は、閉じたエレベーターの扉を真っ直ぐに見据えたまま、その表情からはなにも汲み取れない。

「あれ?」
「なんだ?」

暫くして、突如、エレベーターが停止した。66階を示す表示パネルに小首傾げる一同を置いて徐々に扉が開かれていく。「あ、すいません⋯」扉の先に居たのは、赤子を抱いた妙齢の女性だった。

「いえ、どうぞ」

漏れた灯りに浮かび上がる、その困ったような表情に、俺は迷うこと無くエレベーターから降りた。

「どうぞ!乗ってください!」
「いいからいいから!」

続いて降りた吉田たちが、ぐいぐいと戸惑う女性の背中を押す。「で、でも⋯」「大丈夫です!僕たち60階の連絡橋で隣のビルに渡りますから!」円谷の言葉に、納得したのだろう。渋るような逡巡の後、申し訳なさげに眉を垂れた女性はぺこりと会釈をして漸くエレベーターに乗り込んだ。

静かに沈黙した扉に、視界が黒に覆われる。異様な静寂と、ずっと奥まで伸びる暗闇に、階下へ下りる階段どころか彼等の姿さえ認識するのも難しい。上がる火の手を考えれば、早急に移動したほうがいいのだろうが、生憎、携帯は預けたまま。皮肉にもはっきりと瞳に捉えられるのは得体の知れない浮遊物であるが、それ等は光源物ではないしなによりまったくすこしも信用してはいないのだ。

「真っ暗ですね⋯」
「これじゃあどこがどこだかわかんないよ⋯」
「おい、どうすんだぁ?腕時計型ライトさっき預けちまったぜ?」

不安気な声色が、広い廊下に反響する。腕を伸ばせばひたりと硬い壁の感触。どちらにせよ此処に留まっていたって次のエレベーターも満員なのだ。それならまだ、無謀でも壁伝いに進んだほうがマシだろうか。そう動かそうとした脚は、しかし突如パチリと灯った明かりが止めた。不意の眩しさに、反射的に目尻が細まる。

「馬鹿ね、降りる前にそれくらい考えておきなさいよ」

そう、呆れを滲ませた声で呟いたのは灰原だ。ようやく見えた互いの顔に、ほっと安堵の声があがった。

「そうかぁ!灰原さんとコナンくんはゲームに参加しなかったんですね!」
「じゃあ早く行こう!」

吉田の弾んだ声を合図に、ライトを持つ灰原を先頭にして廊下を小走りで駆け抜ける。それにしても。長い階段を駆け下りながら、視界にちらつく半透明の物体に自然と眉間が深まった。灰原の背にぴったりと引っ付くように浮遊する彼女が、先程から必死になにかを訴えているのだ。脳みそを直接叩くような耳鳴りに、声は上手く拾えない。が、その形相から灰原を心配しているのだけは伝わった。

「なに?」視線を感じたのだろう、ついっと瞳を投げた灰原に、なんにも。そう一言で返してゆるりと前方に視線を戻す。その冷たい瞳の奥で一瞬、暗く沈んだ色が揺らいだような気がしたのはきっと俺の気の所為だろう。






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