「見えました!連絡橋ですよ!」

連絡橋まであと少し。円谷の言葉に更に足を早めた俺たちだったが、しかし、まるで見計らったかのように突如、爆発音が轟いた。目前の爆発に急いで身を竦め、そして、目を開けた時には忽然と橋が消えていた。橋が、落ちた。その光景に呆然としていたのは一瞬ですぐに驚愕に塗り替えられる。「ええー!」「これじゃああっちに渡れないよ!」「どうすんだよ!」狼狽の悲鳴を耳に、剥き出しとなった鉄骨に足を進めて下を覗けば、もうひとつの連絡橋まで巻き添えに落下したようだった。

完全に、退路が絶たれた。残る手段はエレベーターだが、急いで向かったとしても下はおそらく火の海で、正常に作動しているかもわからない。それに、橋だけを狙ったこの小規模な爆発は明らかに作為的なものだろう。犯人はきっとどこかで見ているはずだ。なぜこのタイミングで落としたのかはわからないが、どちらにせよそう簡単に抜け出せる状況じゃないのかもしれない。大事になってきたな。そう、静かに思案していれば不意にコツリと床を踏む足音が耳に届いた。

「危ないわよ」

ついで背中に掛かった声にゆるりと首を捻れば、一切の色を無くした冷めた視線と合わさった。まるでこうなることを想定していたとでもいうような、怯えも動揺も感じられない沈黙した瞳の側面を隣のビルのライトがきらきらと飾り立てている。

「橋が落ちた以上どうしようもないわ。大人しく救助を待ちましょう」

淡々と、そう言った灰原の後ろではもう声を上げる気力すらないのか、床にへたり込む三人の姿が伺えた。「⋯そうだな」灰原の言うように、相手の狙いも動向もわからない今は下手に動かない方がいいだろう。ひとつ頷いたのを見届けて、灰原はすぐに踵を返した。どうやら、わざわざそれを伝えに来ただけのようだ。意外と律儀な性格らしい。どこか拍子抜けした気分で見送っていれば、不意に灰原が足を止めた。首だけを捻った彼女に、思わずきょとりと目を瞬かせる。

「なに?」
「⋯落ちても助けないわよ」

それはつまりこっちに来いという意味だろうか。それだけを吐いて、今度こそ灰原は颯爽と立ち去っていく。きっと心配ではなく、ただ単に目の届く範囲に居てくれということだろうが、変化の乏しい表情はいまいち意図が読みづらい。分かりづらい奴。そう暗がりに消えた小さな背にひとつ息を吐いて、緩慢に彼らの元へと足を向ければ、出迎えたのはいまにも泣き出しそうに潤んだ双眼だった。

「僕たちこのまま死んじゃうんでしょうか⋯!」
「歩美たちどうなっちゃうの⋯!」

がばりと飛びつくような勢いで服を掴んできた吉田たちに、ぐらりと重心が傾いた。「ちょっ、」咄嗟に片足で持ち堪えながらも反射的に出かかった文句はしかし、どうしよう、どうなるの、いつ助けが来るの。そう震える息で吐き連ねる姿に思わずぐっと喉に押し込む。

「⋯⋯大丈夫。」

ぐるりと逡巡したのち、結局吐き出したのはそんなありきたりな言葉だった。そうっと小さな肩を押せば、正面から膜の張ったくるりとした瞳とぶつかってちょっとだけ居た堪れない気持ちにさせられる。普段は好奇心旺盛で活発で、殺害現場でも案外けろりとした様子につい忘れがちになってしまうが彼らはまだたったの6、7歳。これが普通の反応で、異常なのはきっと、俺や灰原の方なんだろう。

「江戸川や阿笠博士もいるし⋯気付いて救助が来てくれるよ」

男性陣はとっくに地上に降りているだろうし、目敏い彼のことだ。どうせすぐに気付くはず。そうなんとなしに吐いた言葉は意外にも効果は絶大だったようだ。

「そっか!コナンくん!」
「きっとコナンくんが気付いてくれますね!」

江戸川。そのたった一言で火を付けたように一変した彼らの虹彩に、俺は静かに目を丸める。まるで、魔法のコトバのようだと思った。いや、正しく彼らにとってヒーローなのだろう。あのちいさな身体で、大人顔負けの頭脳と行動力は本来の彼を知っている俺ですら目を見張るものがあるのだ。彼らからすれば液晶で動くヒーローよりも、信頼のおける身近な救世主に違いない。

まあ、混乱されるよりかは全然いいけど。すっかり元気を取り戻した彼らをそう苦笑気味に眺めていれば、ピピピ、と突如、電子音が聴こえた。それはどうやら三人のポケットからのようで、彼らはパッと電気をつけたように瞳を光らせる。

「"歩美!元太!光彦!聴こえるか?!"」
「聴こえるよ、コナンくん!!」

そう言って吉田たちが取り出したのは見覚えのある、ちいさなバッジだった。ああ、たしかトランシーバーが内蔵されてるんだっけ。ジジジ⋯とラジオの周波数を合わせたような、たっぷりと焦燥を含んだ江戸川の声が鼓膜に届く。

「"おい!おめーら今どこにいんだ?!"」
「それが⋯60階の連絡橋の前なんです⋯」
「"なにっ?!"」

息を呑む驚愕の声が、ちいさな機械から聴こえた。彼の傍には博士や他の人も居るのか愕然とした声が重なり合って聴こえる。「"おめーら絶対そこを動くんじゃねーぞ!"」そう、怒鳴るような音を最後に、ぷつりと通信は途絶えた。動くなって⋯まさか、隣のビルから梯子でもかけるつもりだろうか。そう訝る俺を置いて、彼らは江戸川と連絡が繋がったことを純粋に喜んでいるようだった。

そうして、ものの数分で江戸川は現れた。現れたというよりも、飛んで来たと言ったほうが正しいのかもしれない。遠くで響く、サイレンの音を掻き消すようなモーター音。「この音!」「スケボーですよ!」「コナンか?!」真っ先に気付いた吉田たちの顔がパッと華やぎ、あっと声をあげる間もなく江戸川がスケボーを使って隣のビルから文字通り飛び移って来たのだ。

「⋯いってぇーっ!」
「すっげーな、おめー!」
「かあっこいー!」
「まさに救世主です!」

まるで、スタントマンさながら。折れ曲がった鉄骨を利用して、無謀にも隣のビルから渡ってきた彼を、まるで信じられないものを見るように見詰める。わざわざ、なんで。救助なら、屋上にヘリを回してくれればそれで良かったはずだ。それなのに無茶をしてまで危ない橋を渡る彼の思考が、俺にはすこしわからない。

「⋯ばかなの?」

あれほどの離れ業を披露したというのに、なぜかピンピンしている江戸川を愕然と眺めながらぽつりと呟く。

「ンだよ。せっかく来てやったってーのに」

どうやらしっかりと聴こえていたようだ。不服そうに眉尻を上げた江戸川は俺を見て、それから、驚いたようにわずかに目を見張った。そんなひどい顔をしているだろうか。

「⋯怪我は?」
「⋯ねーよ」

念の為、と聞いた問いは即座に否定された。まあ見るからに健康そうだし、本人も、無茶をしたという自覚はないのだろう。「なら、いいや」たとえ、勝算があったとしても、一歩間違えたら生命はなかった。肝が冷えた、その言葉がいちばんしっくりくるような気がして俺は疲れたように吐息をはきだす。

「なんだ⋯?アイツ⋯」
「さあ?それよりも早く動きましょう」






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