突如、鳴り響いた打音にリビングに居た誰もがギョッとした。「オーナーは楽しんでるんだよ、殺人を⋯⋯」顔を向ければ、机に手を付いたままの体勢で、男──たしか、藤沢さん、だったっけ──が全身をおおきく戦慄かしていた。まるで幽霊でも見たかのような表情だ。

「見てみろ、このカードを!!間違ってたらワシが殺られていたんだ!!」

そう言って、藤沢さんが取り出したカードに俺は僅かに目を眇めた。

『──あの本が欲しければ明朝5時にガレージに来い。車の後部座席の下に置いておく──』

つまり、本来のターゲットは藤沢さんだったという事だ。おそらく、途中で綾子さんに勘づかれた為に急遽、予定を変更したのだろう。いや、変更せざるを得なかったというべきか。

「5時⋯?確か、ガレージから火が出たのは4時過ぎだったな⋯」
「後部座席ゆうたら綾子さんの死体があった所やんか!」

だとしたら戸叶さん、計画が狂って焦ってるかもしれないな。カードを囲むようにぞろぞろと藤沢さんの周りに集まりだした面々を見ながら、ひとりそんなことを考える。それとも、わざわざ藤沢さんを殺すために用意した方法を綾子さんに使用したいうことは、他にもなにか企てているのだろうか。今のところ怪しい素振りはないがこれだけ入念に計画を立てた犯行だ、可能性としては有り得なくもない。

その可能性も念頭に置きながら、ちらりと厨房へ目を向ける。さすがに人目のある室内で下手な行為はしないだろうが、それでも思うように動かせない身体が少しだけ煩わしいと思った。後悔はしてないが、予想以上の爆発に、身体が爆風に煽られ、強かに打った頭部と背中にそのまま気絶してしまったのは今更ながらに失敗だったなと思う。あの時はとにかく綾子さんを逃がすのが先決で、死体の偽造工作に頭を使っていたから正直、その後のことなど深く考えていなかったのだ。そう思えば、むしろこれだけの怪我ですんだのは逆に運が良かったのかもしれない。

「そうかわかったぞ!オーナーはみんなの部屋にこのカードを挟んだんだ!そしてあの初版本を真っ先に取りに来る、欲の深い奴を殺そうと⋯!」

毛利探偵の興奮した声に、俺はゆっくりと意識を戻した。ちょっとした身動ぎだけでもズキリと痛みの走る背中に、眉を顰めない様に気をつけながら輪の中心に視線を向ける。たった今、思い付いたと言わんばかりの発言にすかさず声を上げたのは服部だった。

「あのなぁおっさん!さっきからなんべんも言うてるけど、オーナーは確かに死んだんや!早い事オーナーを容疑者から外さんとワケわからんよーになるで!」
「ふ、ふん、ガキの見た事が信用できるかってんだ」

そう、鼻を鳴らした毛利探偵に、「なんやと?!」服部が奥歯を噛み締めたのが遠目からでも分かった。金谷さんの乗っていた車が崖に転落した瞬間を、俺と服部とコナンだけじゃなく、毛利と戸叶さんもばっちり目撃しているのだが、どうやらそこは都合よく忘れているらしい。所謂、売り言葉に買い言葉のような気もするが、とにかく彼はこの中に犯人はいないと信じて疑っていないようだ。

「だいたい、アンタみたいな探偵がおるから、迷宮入りの事件がぎょうさん──」
「──失礼ね!!」

突如、ガシャン、と陶器同士がぶつかる音が鳴った。だんだんとヒートアップしていく口論に、割って入ったのは毛利だ。「お父さんはいつもちゃんと事件解いてるわよ!」些か乱暴にカップが乗ったトレーをテーブルに置いた毛利はそう言い放つとそのまま、唖然とする服部と毛利探偵をも置いて、真っ直ぐにこちらへと向かってくる。片手には、白いマグカップ。普段の、朗らかな微笑を携えてはいるが、どことなく威圧感のあるその笑みと、そして自然と注がれる双方からの視線に、俺は意識的に表情を固めて彼女を見上げた。

「はい、なまえ」
「⋯どうも」

いま、このタイミングで、わざわざ持ってこなくても。思うことは山ほどあったが、ひとまず差し出されたカップを両手で受け取る。ほんのりと暖かいソレからは、スパイスのような刺激的な香りと、そして微かに甘い匂いがした。

「⋯⋯生姜?」
「だって、なまえ、喉痛そうだったから。一応、飲み易いように蜂蜜入れてみたんだけど⋯⋯嫌なら無理しなくても大丈夫よ。お茶と交換してこようか?」

なるほど、この甘い匂いは蜂蜜だったらしい。「いや、これで平気。ありがとう」不安気な面持ちで見下ろす毛利に小さく頭を振れば、彼女はほっと息をつくと安心したように微笑んだ。
ひとくち、喉を潤せば、じんわりとした熱が喉を通って、体内へと拡がっていく感覚がした。どうやら思っていた以上に身体は疲弊していたようだ。なんだか懐かし味がする、そんな事を思いながらちびちび飲んでいたら、「なぁ、さっきの話やけど⋯」なにやら物々しい顔つきで服部が近寄ってきた。

「さっきのって⋯?」
「あのおっさんの話や。ちゃんと事件解いてる言うてたけど、あんな調子で、ほんまに事件解決してるんか」
「ええ、してるわよ。いつも推理する時、眠ったようなポーズとるから"眠りの小五郎"って恐れられてるんだから!」

なにかと思えば、まださっきの会話を気にしていたらしい。まるで自分の事のように得意気に胸を張る毛利に、服部は眉を深めたまま、一度周囲に目を走らすと、それから声を潜めて尋ねた。

「おっさんが推理する時、アイツはどこにおるんや?」
「あいつ⋯?」
「ほら、いつもあんたの回りをちょろちょろしとる⋯──」

服部の言葉に、俺の方がどきりとさせられた。慌てて、変な器官に入らないようにマグカップから唇を離す。ピンときていない毛利に服部は分かりやすく苛立っているが、こっちとしては心臓に悪い。さすが探偵というべきか、それとも勘づかれるような行動ばかりしている彼に呆れればいいのか。こっそりと聞き耳を立てに寄ってきたコナンをじっとりとした眼差しで見詰める。とりあえず、どっか此処じゃない遠い所で話してほしいんですが。

「──コイツやコイツ!!」

そう言って服部が、コナンの首根っこを掴んで持ち上げた。まるで猫のような扱いである。「コナン君?」目前でぶらぶらと揺れるつま先に、毛利がぱちりと瞬いた。

「そういえばいつもいないわねー⋯」
「ほ、ほんまか?!」
「あ、でもよくお父さんの後ろからひょっこり出てきて推理のお手伝いしてるわよ!」
「⋯ほーー?後ろからお手伝いねぇ⋯」

途端、胡乱な目付きになった服部に、これはバレるのも時間の問題だな、と俺は内心でぼやいた。「ボ、ボク、探偵ごっこが好きだから⋯」アハハ⋯、とコナンが引き攣った空笑いを浮かべる。むしろ、こんだけ好き勝手やっててなぜ誰も気付かないのか、俺としてはそっちの方が疑問ではあるが、下手に口出しして飛び火しても面倒なので無言でカップを煽った──その直後だった。






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