ガレージとペンションを繋ぐ通路に倒れていた琉生を見付け、その驚くほど軽い身体をリビングに敷いた布団に横たえてから数分。応急処置の終えた琉生の傍で未だ、啜り泣く己の娘と、そして青ざめた顔色で立ち尽くす居候の少年を小五郎は愕然と眺めていた。その一角だけが、まるでお通夜のようにしんみりとしている。 当然、小五郎としても彼の安否は心配だった。こうも立て続けに人が死んでいるのだ、犯人の動機も分からない中、こうして無事な姿に小五郎はすくなからずホッとしていた。それは、もしも取り返しのつかない事になっていたらと、そう考えただけでもゾッとするほど。 ── が、しかし、それ以上に小五郎の心境は驚愕でいっぱいだった。 「⋯⋯こりゃまた⋯⋯──」 ── えらい別嬪じゃねーか。小五郎は声もなく呟いた。まさか、あの時のやけに大人びた子供がこうも美人に成長しているとは思うまい。まるで作り物ような横顔を、小五郎はまじまじと眺めみる。 正直、小五郎は琉生など眼中に無かった。そもそもが無理矢理連れてこられたオフ会だ。たとえそこに西の探偵が居ようが、誰が居ようが、自分には関係の無いことだとまるで興味は湧かなかった。 娘とやけに親しげな、帽子を被った怪しい青年。そのくらいの認識でしかなく、蘭から「ほら、小さい頃仲良かった琉生よ。お父さん、覚えてないの?」怪訝な顔でそう言われても、小五郎は鼻息で返事をしただけだった。 兎に角、蘭に害がないなら良い。そう思っていたのに、まさか、こんな形で思い出すとは小五郎自身、すこしも思っていなかったのだ。 スっと通った鼻筋と、影ができるほどの長い睫毛。当時の面影を残しながらも、シャープになったちいさな輪郭。園子や新一ほどじゃないにしろ、それなりに面識があった琉生のことは小五郎も印象に残っていた。当時からやけに綺麗な顔をしたガキだとは思っていたが、これでは男かどうかも判断がつかない。 「⋯本当⋯キレイねぇ⋯」 その、人に届ける為のものでない呟きに、小五郎はようやく琉生から意識を外した。よくよく見れば誰もが彼を注視していた。応急処置も終わり、漸く人心地着いた今、手持ち無沙汰に彼を眺める視線は純粋な心配だけとは言い難い。 「⋯ほんまはもうちょい違う形で見たかってんけどな」 驚愕と、物珍しいものへの好奇心。それらの視線を遮るように、どかり、と琉生の顔の横に胡座をかいて服部が独りごちた。左手にした、焼け煤けた帽子を意味も無く指先で弄るその表情はどこか拗ねているようにもみえる。 恐らく、服部は琉生の容姿におおよその見当はつけていたのだろう。琉生にちょっかいを掛ける服部の姿を思い出して小五郎はひとり納得した。そりゃあ、あれだけの至近距離で顔を突合せていれば、深く被った帽子もあまり意味はなさなかっただろう。 彼のなにが気に入ったのかと思えば所詮は顔か。そんなことを思いながら小五郎は服部の横にスっとしゃがみ込む。 「おい、オッサン⋯!」 「はーーーん⋯」 爪先から、頭頂部まで。なんの用やと言わんばかりに声を上げた服部を無視して、小五郎はさっと琉生に視線を這わせた。まるでゴミ置き場に捨てられた小汚い人形みたいであるが、外傷はそれほど酷くはない。壁に凭れるように倒れていたが、もしや、頭でも打ったのか? こりゃあ当分起きねぇかもしんねぇな。そんなことを思いながら、小五郎はおもむろに指先を伸ばした──が、しかし、届く前に黒い手のひらに掴まれる。 「なにしとんねん」 「あぁ?なにって⋯コイツの性別を確かめようとしただけじゃねぇか」 「はァァ〜?性別なんか確認してどないすんねん!」 ひっくり返ったその声に、険しい顔付きでぼんやりと琉生を見詰めるだけだったコナンも、漸く顔を持ち上げた。蘭も目をおおきく見開いたまま、すんっとひとつ鼻を鳴らした。 「ンなもん、手っ取り早くこう⋯起こすかどうかしてだな⋯⋯⋯」 「怪我人やで?!」 「お父さん!なに考えてんのよ!」 「えぇい!うるせぇ!ちょっと揺すろうとしただけだろーが!」 非難がましい視線が、一斉に突き刺さる。それらを振り切るように小五郎は、掴まれていた手を勢いよく振りほどいた。 なにも、取って食うわけじゃあるめぇし。寄って集って責めんでも⋯── 若干、痛む手首を撫でさすりながら小五郎はぶつぶつと文句を垂れた。 「なんだよ。起きそうなんだったら、起こしたほうがいいじゃねぇか」 別に、琉生が男だろうが女だろうが、小五郎に個人的な興味なんてなかった。ただ、起こすにしろなんにしろ、女と男じゃ対応の仕方を変えざるを得ないというだけで。当然、怪我人だという事だって、配慮するつもりでいたのだ。 ったく、まるで人をバイ菌みてぇに扱いやがって⋯── 琉生の前で、壁のように立ち塞がるコナンを小五郎は恨めしげに見上げた。その両脇には、いつの間にか服部と蘭までもが張り付いている。 「あのなァ。だから相手は怪我人や言うとるやろ」 「気絶してるだけだし、起きるまで待ってあげようよ。ね、おじさん」 「もう!ここはいいから、お父さんは事件のこと考えてて!」 三者三様の追撃に、小五郎はケッと吐き捨てるように喉を鳴らした。追い立てるように後方を指差す娘を、胡座を組んだままじっとりと睨み上げる。 「⋯つーか、蘭。なんでお前までそっち側に居んだよ」 「当たり前じゃない。琉生は幼馴染みなんだから」 「幼馴染みねぇ⋯⋯にしちゃぁ、随分と⋯距離が近くねぇか⋯⋯?」 「お父さんが変なことしようとするからでしょ」 そういう意味じゃねぇ。漏れそうになった言葉の代わりに、小五郎はぐっと眉を顰めた。 探偵ボウズだって、俺ァ許しちゃねーんだぞ。 蘭の周りをちょこまかと彷徨く、あのいけ好かない笑みが脳裏を過ぎって小五郎はブンブンと頭を振った。その不審な挙動を、蘭が訝しげに見下ろしている。 「⋯⋯⋯⋯⋯」 「⋯⋯⋯⋯⋯」 「⋯⋯⋯やっぱ、ちょっくら確認を⋯⋯⋯」 「「「だめ(あかん)!!!」」」 一斉に飛んできた拒絶に、小五郎は今度こそがっくりと項垂れた。 ← → back / top |