祟り神と狐12

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三吉三 / 家 / 人外パロ / 転生

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 息を切らせて駆け込んだのは、あの小さな神社である。今日はどこにも青い光が灯っていないのを不審に感じながら、家康は一度立ち止まるとあがっている息を整えて、さくりと一歩を踏み出した。
「……来やったか」
 ざわざわと木の葉を揺らす風の音に乗って、ヒヒヒ、と不気味な笑い声が家康の耳へと届く。反射的に身を強ばらせた家康は、それでもきっ、と社の奥を睨み付けた。相変わらずの闇の中には、何を見いだすこともできないけれど、しかしそこには確実に何かがあった。それに向かって、家康は声を張り上げる。
「ぎょうぶ! 話がある!」
 ――家康は、刑部を説得しに来たのだ。三成に、家康とともに行けと言ってくれるように。
 卑怯な手段だとはわかっていた。けれど、家康の言葉だけでは、三成はけして首を縦には振らないだろう。悔しいが、認めざるを得なかった。家康は刑部よりも三成に好かれては、いない。
「あいあい、ヤレ、ぬしの声は大きすぎる。われの耳を痛める気かえ」
 笑い声に混ざって、板戸がするすると開く音がした。こつり、と石を叩く小さな音と、ついでずっ、ずっ、と何かを引きずる音がする。
 音は次第に大きくなるが、家康は何が近づいてくるのかを目で見ることはできない。この境内の闇は深すぎて、家康の視界を塗りつぶしてしまう。拳を強く握るしかできない家康の目の前に、その時、ふっと月の光が差した。
「……刑、部」
 気づけば、声がもれ出ていた。その名は今まで呼んだ中で、一番すんなりと喉からこぼれた。
 布でさえぎられた唇が、ヒヒッと息を吐き出した。
「ぬしの芝居は大根よな。見ているだけで虫酸が走る」
 ヒィヒィと笑う刑部の姿は、それまで家康が目にしてきた、どんな者とも違っていた。
 目深に白い頭巾をかぶり、白い着物に白い羽織を肩にかけている。右手に握った白い杖にすがるように立ち、肌には隙間なく包帯が巻かれて、唯一見てとれるのは目元だけ。黒目と白目が反転したようなおかしな色合いの目が、細められた眼窩から覗く。色味と言えば、胴にしめられた朱色の帯くらいのもので、周囲の暗さと相まって、家康はまるでモノクロの映画を見ているような気になった。
 それは古い映画である。家康が生まれるずっとずっと前に撮られたような、そんな映画である。
 銀幕の向こうで、刑部が家康を嘲った。
「本当は、ぬしも覚えておるのであろ?」
 それは家康を、モノクロ世界へと引きずり込むような声だった。

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2011/03/22

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