片恋3

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親就 / 転生 / ほの暗い

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「ヒヒッ、ぬしから電話が来るとは如何な不幸の前触れよ、と思うたが、そうか、ソウカ」
 さも楽しげにケラケラと笑う男の顔を、横から平手でひっぱたいてやりたくなった。思うだけで済ましているのは、実行に移せばさらに煩い事態になることが目に見えているからだ。
「煩いぞ、大谷」
「何、われを当てにしてくれたのが、嬉しくてナァ、ついよ、ツイ」
 これが長曾我部ではなかったら、と一度思い始めたが最後、もう駄目だった。携帯電話をひっつかみ、多くはないアドレス帳から一人の男の名前を選び出す。用件もろくに言わず、とにかく出てこいとだけ言って電話を切る。
 あとは、後ろも見ずに家を飛び出した。
「それで、何故こやつがここにいるのだ」
「一人で来いとは言うてなかろ」
 ヒヒヒと笑う大谷の隣には、番犬のようにぴたりと寄り添う男の姿があった。長曾我部とは質の違う、少し灰色がかった白髪の男で、高い身長を持て余すように背を丸めて椅子に座っている。
 視線が自分に向けられたのに気がついたのか、鶯色の瞳だけがすっと動いて元就を見返した。相変わらず、獣のような男である。
「長曾我部でなくば、いけないのか」
「……は?」
 何を、と言いかけた元就の言葉を、ぬしの言うとおりよ、と大谷がわざとらしい大仰さでさえぎった。
「ぬしはまことにさとい男よな、三成。向こうが忘れてくれやるものを、なにも今更、寝る子を起こす必要もなかろ」
 ナァ、同胞、とにやにやと笑う男の顔を、今度こそ本気で叩きたくなった。
「もうよいわ。貴様に電話などした我が愚かであった。忘れよ」
 苛つきを抑えて席を立つ。このまま家に帰るのは気が重かった。家に帰れば、あの子どもと二人きりになってしまう。
 立ちすくんだまま、動き出さない元就に、大谷がわずかに目を細めて問いかけた。
「ほんにどうしやった、毛利。童一人がそれほど怖いか」
「馬鹿を言うでない。ただ、気持ちが悪いというだけぞ」
「気持ちが悪い!」
 大谷がまた笑う。何がおかしいのかさっぱりわからぬ。この男もまた、気持ちが悪い。
「ヒヒッ、そう言うぬしの方がよほど気持ちが悪いわ。天下の智将も形無しよ」
 そう大谷が言い終えるかいなかのタイミングで、石田がさっと立ち上がる。脇に避けていた車椅子を引き出し、大谷の椅子を引いてやった。大谷もまた、慣れた様子で石田の介助を受けながら車椅子へと体を移す。
 相変わらずの甲斐甲斐しい献身ぶりに、思わず顔をしかめた時だった。
「何をしやる。参らぬのか」
 珍しいものが見られた、その礼よ。いけしゃあしゃあと口にする大谷の顔は悪趣味ににやけていて、元就を後悔させるには十分すぎるほどだった。

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2011/09/18

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