片恋4

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親就 / 転生 / ほの暗い

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 ドアノブを回せば、ガチャリ、というなりなんの抵抗もなく開く。確かに鍵もかけずに出てきたのは自分だが、それでも子ども一人で留守番するには無用心にすぎよう。鍵くらいかければよいのに、とまた苛立つ。それもわからぬほど子どもでもなかろうに。
 後ろでは石田が大谷を立たせてやっていた。車椅子が入るほど、学生マンションの玄関は広くない。大谷を先に室内に入れてから、石田はまた廊下に出て手慣れた様子で車椅子を畳む。元就はドアにもたれて、手伝うでもなくそれを眺めていた。手伝うつもりも端からなければ、そもそもやり方もわからない。
「ヤレ、これは可愛らしい」
 不意に大谷が口を開いた。なんだとそちらを見やれば、白い頭が怯えるようにパッと隠れるところだった。
「取って食ったりせぬゆえな、もう一度顔を見せてはくれぬか」
 聞いているこちらの背筋がぞわぞわするような大谷の猫なで声に、元就は心中だけで毒づいた。そんな声音では、どんななつこい子どもだとてたちどころに逃げるに決まっている。しかし、はたして長曾我部は再び顔を出した。
「ぬしはよい子よ、ヨイコ。マア、可愛らしい顔をしておるわ」
「この男は嘘しか吐かぬ。残念であったな」
 大谷の言葉に照れたようにふわりとはにかむ長曾我部が、どうしようもなく腹立たしい。馬鹿だ馬鹿と思ってはいたが、これほどまでに馬鹿だったとは。
 元から尽きる愛想などなかったが、それでもいよいよ愛想が尽きた。
 腹立ちついでに冷めた目線をくれてやると、本人ではなく大谷が、呆れたように息を吐く。
「まっこと、大人げない」
「それよりどうなのだ。我は甘言を聞く為に、貴様を呼んだわけではないぞ」
「われにわかるはずがなかろ」
「だろうな」
 大谷には前世の記憶はない。こうして当たり前のように会話している為にしばしば忘れがちになるが、それでも彼の言葉の大半は、石田によって与えられたものである。大谷と違って、石田はしっかりと過去を覚えているらしかった。
「ぬしも元より三成を当てにしておったのであろ。それをわざわざわれに電話してくるとは、天の邪鬼は死んでもなおらぬのナァ」
「石田の番号がわからぬゆえぞ」
 嘘だ。アドレス帳には石田の携帯番号もしっかりと入っている。単に元就があの男と話すのが面倒だっただけだ。
 昔に比べればかなり落ち着いたものの、相も変わらず多くを省くような話し方をする男より、大谷の方がいくぶんか話が通りやすい。
 こちらはその分、余計な言葉が多いという欠点があるものの。
 入るぞともなんとも言わぬ間に、元就の視界をすっと白い頭が通りすぎる。無礼もやはり相変わらずで、他人の家に入るのに靴もぞんざいに脱いだままで、それよりも玄関先に座りこんだ大谷が気になるのか、黙って体を立たせてやっている。
 大谷は大谷で、元就と目が合うなり、スマヌナ、と欠片もすまぬと思っていないような口調で言い出すものだから、腹を立てるのも馬鹿馬鹿しい。一つ鼻を鳴らしたきり、元就はさっさと家の奥へとひっこむことにした。

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2011/09/19

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