片恋5

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親就 / 転生 / ほの暗い

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 居間に入ってすぐ、廊下に顔を出していた長曾我部とすれ違う。びくりと首をすくめ、こちらを窺うような目線を寄越されたが黙って無視する。台所へ向かう背中にかけて、小さな震える声が、
「おかえりな、さい」
 そう言った。
 思わずくるりと振り向くと、青い丸い眸と目があった。じっと見つめ返せば、耐えきれぬようにうつむいた。元就は今度こそ台所へ向かった。
「ナニ、あの男はヒドイ照れ性ゆえな、気にするでない」
 ヒヒヒと笑いながら繰り出される、大谷の甘言がこれほどまで癪に障って聞こえたこともない。
 子ども相手に甘言を吐いたところで何になるのか。無駄な言葉を紡ぐのがあやつの趣味かと思いながら、元就は棚からもみじまんじゅうを取り出した。これは先日、ネットショッピングで取り寄せたものである。せっかく手に入れたものを他人にやるのは業腹だが、どうせ大谷も石田も、それほど物を食べはしない。せいぜい一つか、そこらである。一応の礼儀として出すだけで、元よりもてなすつもりなどはない。
 器に5つ6つのまんじゅうと、人数分の茶碗と急須を持って戻る頃には、長曾我部の正面にはなぜか石田が座り、大谷は脇に座って黙ってそれを眺めていた。このおかしな状況におかれた長曾我部は、居心地悪そうにあちらこちらへと視線をさ迷わせていたが、それでもあの鶯色の瞳からは、逃げ出せないでいるらしかった。
「貴様、長曾我部だな」
 睨むでもなく、探るでもなく、ただ目を当てる、それだけの行為の後、なんでもないように石田が言った。
「息災で何よりだ」
 言われた当の本人は、何がなんだかさっぱりわからないという顔をしている。無理もない。元就も、最初、石田にこれをやられたのだ。いつの間にか隣に立っていたと思ったら、
「貴様、毛利だな」
 とそれだけ言って、ふいとその場を行ってしまった。同じ大学でなければ、どうやって再び会う気であったのだろうか。そもそも会う気があったとも思えない。冗談でも、石田と仲がよかったとは、元就は思っていなかった。
「そく、さい……」
「ぬしが元気で嬉しい、ということよ」
 足りない言葉を補うのは、いつも大谷の仕事である。記憶があってもなくても変わらない二人の有り様に、食傷は覚えても羨ましさを覚えたことは一度もない。よくもまあ、飽きずに変わらずに、と思うだけだ。
「あ、あの、ありがとう、ござい、ます」
「貴様は友人だからな」
 元就とて、あの頃と何が変わった訳でもなかったが。
 ポケットの中から財布を探り出すと、ぽんと石田に放ってやる。もちろん取り落とすなどあの男がするはずもなく、片手で事もなげに受け取ったのを確認すると、元就は顎だけで外を示した。
「コンビニで菓子でも買って参れ」
 石田はちらり、と大谷を見る。大谷が頷いたのを確認してから、長曾我部に、行くぞ、と声をかけて、足音も立てずに玄関へと向かった。長曾我部はおろおろと元就と石田とを見比べていたが、それを無視していると、やがて諦めたように石田の後を追って行った。

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2011/09/19

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