片恋6

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親就 / 転生 / ほの暗い

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「声の一つも、かけてやればよかろうに」
 ふぅ、とわざとらしいため息を吐きながら、大谷が首を振り振り言う。他人の不幸ばかりを楽しみにしていたような男が、今さら何を言い出すのか。
「貴様もずいぶん優しくなったものだな、大谷」
「ぬしがどう思おうと、あれは今は童よ、ワラベ」
 童だからどうなのだ。元就はそう返そうとして、今はそれどころではないと思い返す。大谷と戯れ言を交わす為に、あの子どもを追い出したわけではない。
「あれは長曾我部で間違いないのだな?」
「三成がそうと言うなら、そうであろうよ」
 包帯のない大谷の顔を見ながら、ふと、石田はいつまで生きたのであろうか、とそう思う。
 大谷が長曾我部に討たれた後、石田は奴に着いて行ったのだと聞いた。元就もその後すぐに長曾我部の手にかかった為に、後のことは歴史という名の伝聞と、推測に頼ることしか出来ぬ。
 そういったことを聞くには、石田はあまりに会話の下手な男であったし、きっと石田から聞かされているであろう大谷に訊ねるというのもまた、癪であった。
 現世の歴史書によれば、石田三成という男は関ヶ原で死んだらしい。
 ではあそこで、厳島で元就が見た男は誰だったのだろうか。石田ではない、別の誰かだったのだろうか。もし石田だったというのならば、奴はそれから長曾我部の側に何年の間いたのだろう。十年か、二十年か。それとももっと、長いのか。
 我は、と元就は思う。
 初めてあやつの顔を見てから、我は何年生きただろうか。

 大谷と石田がいなくなった室内には、バニラアイスの甘い香りが、残滓のように停滞している。元就とてアイスクリームは嫌いではないし、夏の暑い日などはほぼ毎日のように食べてもいる。けれども今、子どもの姿をした長曾我部から香る匂いは、同じ甘さでも、物が腐り落ちるような甘さのように、元就は感じた。ぐずぐずと腐った果実のような、そんな甘さだった。
「あ、の」
「何ぞ」
 白い頭はうつむいたままで、これが本当に長曾我部なのかと元就はぼんやり思う。
「ちょうそかべ、って、なんなんです、か」
 白髪が揺れて、青い目がそっとこちらへと向けられる。ゆらゆらと、青がまるで海のようにたゆう。
「何なのか、か。何であろうな」
 鬼の名だろうか。

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2011/09/25

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