片恋8

*

親就 / 転生 / ほの暗い

*

 翌日、元就は体の痛みと久しく嗅いでいなかった味噌の匂いとで目を覚ました。ぱちぱちとブランケットを被ったままで、何度か瞬きを繰り返す。実家に帰ってきていたか、と思いながらも、それならば、何故床に寝ているのかがわからない。ゆっくりと上体を起こせば、見慣れた部屋が目に入った。
「……これはどのようなわけぞ」
「あっ、おはようござい、ま……す」
 独り言のつもりで呟いた言葉に答えが返る。声変わりを迎える前の子どものような、甲高い声である。
 元就はぐるりと首を回した。
「あの、えっと……朝ごはん、作って、その」
 答える子どもの背後で、ぼこぼこと味噌汁が鳴った。

 元就が身支度を整える間に、長曾我部は低い丸テーブルを引き出してきて、そこに朝食を並べていた。朝食、と言っても、炊いた飯と具なしの味噌汁があるだけである。
 とはいえ、この部屋でカップではない味噌汁を飲むのは、初めてのことではないだろうか、と元就は思った。そもそも、味噌などこの部屋のどこにあったのか。米はかろうじて、母親が送ってきたものが封も切らずに置いてあったはずがだ。
「礼は言わぬ」
「……はい」
 物欲しげな顔でこちらを見つめる長曾我部をぴしゃりとやってから、元就は黙って手を合わせて味噌汁へと手を伸ばした。
 ……美味いも不味いもあったものではない。
 味噌汁を静かに置き直すと、今度は茶碗へ手を伸ばす。こちらも同様だった。
 大学入学を期に、一人暮らしを始めてこの方、自炊などしたことがない。そんな男の部屋の中からなんとか朝食として体裁を保てる程度の材料をかき集められたのは、評価してやってもいいのかもしれない。
 味噌汁をすすりながらそんなことを考える元就の目の前では、いい加減に諦めたのか、気落ちした様子の長曾我部が静かに白飯を口へと運んでいる。前世のこやつも人の顔色には敏感な男であったが、これほど卑屈を感じることはなかった。どちらがこの男の本性であるのか、そんなことには興味がないと切り捨てて、元就は箸を置いた。黙ってまた手を合わせると、空の食器を流し台に持って行く。
「わた……」
「よい。洗うぐらいは我でも出来る」
 腰を上げかけた長曾我部を言葉で制して、元就はカランを上に上げた。ジャッと勢いよく流れ出す水に食器をさらし、濡れたスポンジに洗剤を垂らす。
 大谷などは、元就をずぼらであるという。潔癖症の、ずぼらなのだそうだ。
 だが、元就に言わせてみれば、石田こそ正真正銘のずぼらである。生活面では大谷に頼りっきりなのは、前世からまったく変わらない。掃除洗濯どころか、放っておけば食事も抜くような男である。大谷が口喧しく食べろ寝ろと言わなければ、石田は早晩飢え死ぬにちがいない。
 その点、元就といえば、自炊こそせぬものの、洗濯や掃除はきちんとするし、大学生にありがちな代返を頼むこともない。至極品行方正な学生だ。
 そう返せば大谷は、三成はアレは“そういう生き方”しかできぬのよ、と返してきた。相変わらず石田にばかり甘い男である。
「アァ、ぬしも“そういう生き方”しかできぬのか」
 にやり笑って言った、大谷の真意など、知りたくもない。

*

2011/10/16

*

+