片恋9

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親就 / 転生 / ほの暗い

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 皿を洗い終わった元就は、再び居間へと戻ってくると元の位置へと腰を下ろした。いまだ食事を終えていない長曾我部が、正面でびくりと身を震わせる。
「貴様は家でも料理をしておるのか」
 ただの疑問である。深い意味はない。食べながら答えられても、元就としては構わなかったが、長曾我部はわたわたと箸を置くと、ちゃんと膝の上に手を揃えて、こくり、と頷いた。
「たまに、晩ごはんとか、作ります」
「そうか」
 長曾我部はどうだったであろうか。思いだそうにも、そもそもがそんなことを知るような仲ではなかった。戦場で見えるだけの相手が、実は台所に立つ趣味があるかどうかなどということは、如何に中国の覇者といわれた元就であってもわからなかった。
「毛利」
 どきり、とした。
 不意打ちに呼ばれた名前は、存外に心臓に悪い。全く違う声だというのに、子どもの声と男の声はよく似ていた。少し上がり気味に、伸ばしていう、その言い方も。
「なん、ぞ」
「もーりは、お料理とか、しないんです、か」
 同じなのは名の呼び方だけらしい。怯えた問いに、せぬ、と答えて、元就はふと思いついたまま子どもの頭に手を伸ばした。びくと跳ねる長曾我部を無視して、ぐしゃぐしゃと白い頭をかき回す。前世では、けして触れることのなかった髪である。
「貴様の髪色は、地色か」
 ふわふわとした、猫の仔のような髪だった。存外に触り心地がよく、本当にこのような毛を持つ猫の仔がいるならば、きっと手放しはしないだろうなと思わせるような柔らかさだった。
 心地よさのままに、二度三度、と撫でていた頭がぐっと落ち込む。
「どうした」
 するりと指から滑り落ちる感触に、わずかに気色ばんで元就が問うた。
「……気持ち悪い?」
「何がぞ」
 そんなことよりもと、元就はついつい長曾我部の頭へ手を伸ばす。しかし、指先が届く前に、白い頭が後ずさる。
「長……」
「白いの、気持ち悪い」
 うつむいたままの子どもの顔など、元就には見えない。見たくもない。どうせ、見るに耐えぬ顔をしているに決まっている。
 泣きそうだということぐらい、声を聞くだけでわかる。
 フン、と元就は鼻を鳴らした。
「死んで更に阿呆になったか、長曾我部。貴様は黙って我に撫でられておれ」
 そう言って、ぐいと子どもの腕を引く。きゃっと小さな悲鳴と共に、軽い重みが腕の中へと転がってきた。逃げ出さないようしっかり抱きしめると、柔らかな白へ手を伸ばす。この感触は、きっとあの男は持っていない。そう思った。
 子どもの髪を撫でている間は、不思議とこの子どもの存在を許せるような気がしていた。

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2011/10/16

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