片恋10

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親就 / 転生 / ほの暗い

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 それからの時間はずっと書を読んだり、菓子を食べたりして過ごした。ふとした拍子に腕を伸ばせば、子どもはいつもそこにいて、本当に猫を撫でているように、元就は白い頭に指を滑らせた。
 長曾我部はといえば、何が楽しいのか黙って撫でられていたかと思うと、するりと抜け出して元就の読む書を覗き込んだり、寝ころばったままじっとして、かと思えば菓子をつまんだりする。まさに気紛れな猫そのもので、そのくせ元就からはそれ以上離れようとはしなかった。
 お互いに手の届く距離にいながらも、一言も言葉を発しない時間は、思うよりずっと穏やかに過ぎていき、そうして唐突に、終わった。
 狭い部屋に響き渡るインターホンの音に、どちらからともなくのっそりと体を起こした。面倒だというのがありありとわかるような渋面で玄関へと向かう元就の後を、長曾我部がぱたぱたと追いかける。足にまとわりつく子どもを適当にあしらいながら、腕を伸ばして覗き窓を覗く。
 ……またこやつか。
 もとより、元就の家を訪れる者などそう多くはないのだが。
 返事もせずにがちゃりと扉を開けてやれば、またこちらも何も言わずに上がり込んでくる。いつものことすぎて、怒る気にもならぬ。
「三成!」
 嬉しそうな声を上げて、長曾我部がぱっと離れていった。そちらからべたべたとまとわりついてきたわりには、離れる時はいやにあっさりとしていて、それが少し、腹が立った。
「何?」
「貴様の物だ。受けとれ」
 カサカサとビニールの軽い音が響いたかと思うと、わっ、と子どもの高い歓声が上がった。
「三成、ありがとう!」
 そこでふと、名前で呼んでいるのか、と思った。どういう経緯かは知らぬ。長曾我部が名をせがんだのかもしれないし、自分が毛利と呼ばせるようにまた、石田も呼ばせたのかもしれない。
 少なくとも、と元就は思った。前世において、石田は長曾我部に名を呼ばれていたに違いなかった。それでなければ、聞かれたとしても、わざわざ前世の方の名を教えることはないだろう。今は石田も、違う名の男として生きているのだから。いつそこまでの仲になったかといわれれば、きっと己が死んだ後のことであろうな、とも思う。
「もーり! 見て!」
 ぱたぱたと軽い足音が近づいて、ずい、と下から水色の、四角い何かを突き出される。目を細めて眺めやれば、『基本のレース編み』の文字から、それがレースの教本であることが知れた。
「三成がくれたの! 糸と針も!」
 そうして、本当に嬉しそうな顔をして、胸の前でぎゅうと本を抱きしめる。たかが本、一冊のことで、だ。

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2011/10/23

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