片恋11

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親就 / 転生 / ほの暗い

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 治まっていたはずの苛立ちが、再び腹の底をずろりと撫でる。そんなもの、駅前の本屋にでもいけば誰でも買えるようなそんなもので、これほど喜んでみせるとは。滑稽だった、情けなかった、怒りが湧いた。
 かつて異国の宝を求めて船を乗り回していた海賊も、巨大なカラクリに財を注ぎ込み国を傾けかけた一国の主も、安芸を狙って戦を仕掛けてきた四国の鬼も、もう、どこにもいないのだ。いるのは編み物の教本を手に入れて喜ぶ子どもだけ。
 何度も何度も繰り返し、まるで幼子に言い聞かせるように突き付けられる現実に、叫び声をあげたくなる。この怒りを、苛立ちを、どこへ向けるべきなのか。目の前の子どもへか。それとも、天か。元就は前世の己の行いを悔いたことはなかったが、これが天の采配というのならば、神も仏もよほど悪趣味な輩に違いなかった。罰というには痛みはなく、ただただ胸をかき回す。それだけである。
 黙り込んだ元就に気づかず、長曾我部は無邪気にも笑顔を向けてくる。
「じょうずに編めたら、もーりにあげる!」
 いらぬ、というのは簡単だった。そうすれば、目の前の子どもが泣くだろうことも、容易に予想がついた。子どもが泣くくらい、かまわなかった。
「そうか」
 元就は短く言って、顔を背ける。長曾我部がうん、と言って、また居間へと戻っていくのを、耳だけで聞いていた。
「石田」
「なんだ」
「我は大学に行ってまいる」
「そうか」
 帰りまではいられんぞ、と答える石田に、よい、と言って、もう後ろは振り向かずに、鞄だけを引っ付かんで元就は家を出た。

 月曜午後の4限の講義は、忌々しいことに大谷と一緒である。それを言えば、同じ学部に入るぬしが悪い、とでも返されるのであろうが。
「童はゲンキか、健勝か」
 ヒヒヒとわざとらしい笑いが、いつにも増して鼻についた。元就はぎろり、と目だけを動かして、隣に座る大谷を睨む。
「ぬしにいじめられておるのではないかと、心配でナァ」
「余計な世話ぞ。なんなら貴様が世話を見るか?」
「われは三成で手一杯よ。ぬしも知っておろ」
 ああともうんとも言わずに、元就は壇上の中年男に視線を戻した。今日も変わらず詰まらぬ講義を続けている男を眺めるのに、若干の嘲りが混じるのは仕方あるまい。いくら何でもわかった風に喋ろうと、あの男が実際の国家を動かしたことはない。それが事実だ。
 そうして、あんな男に治められた国は、早晩滅びる。
「ヤレ、今日はいやにご機嫌斜めにあるな。童と離れて寂しゅうなったか」
「ふざけた口を閉じよ、大谷」
「ヒヒッ! われに当たっても仕様もなかろ」
 こちらを睨む目に気づいて、元就は内心舌打ちをした。面倒なことだ。あの男に請うべき教えなどなにもないのに、単位なんぞの為に媚を売らねばならぬとは。

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2011/10/23

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