片恋12

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親就 / 転生 / ほの暗い

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 すました顔で大谷の脇腹に肘を入れる。クッ、と小さなうめき声とともに向けられる恨めしそうな視線には無視を決め込んだ。
 自業自得というものであろう。
「……童は明日、帰るのであったな」
 懲りもせず、大谷は話しかけてくる。さすがに今度は小声であるが。けれども、こうして何度も話しかけてくるというのは大谷にしては珍しいことで、元就は声こそ出さぬものの、ちらりと視線を動かして肯定してやる。しかし、次いで投げかけられた質問には、盛大に顔をしかめざるを得なかった。
「ぬしはそれでよいのか?」
 良いも悪いも、あるものか。
 元より3日のみの約束である。約束の期日が過ぎてまであんな子どもを預かる義理はないし、それに第一、子どもの親が許さないだろう。まともな親であれば、だが。
 どうしろというのだ。元就は声を出さずに吐き捨てる。
 長曾我部は何も知らない子どもである。鬼と呼ばれた一種残酷な気風さえなく、弱々しくもある子どもであった。とてもではないが、己の前世を知ってそれに耐えられるような風には見えない。
 第一、何を言うことがあるだろう。
 貴様と我は、前世では幾度も刃を交えたと、そんなことを?
 元就とあの男とは、石田と大谷のような、友の間柄では決してなかった。ただ治める国が近いという、それだけの関係で、戦場で会えば殺しあうという、それだけの関係だった。かと言って、伊達と真田のような互いを認め合う仲でも、石田と徳川のようなどちらかが死ぬまで終わらぬような仲でもない。元就はただ安芸の国主として戦場に立ち、あの男はただ土佐の国主として戦場に立っていただけで、互いに互いを一個の人間と見ていたことなど、ありはしなかった。

「只今戻った」
 ガチャリ、とドアノブを鳴らしてドアを開く。続いて聞こえてくるはずの幼い声は、予想に反していつまで経っても聞こえては来なかった。
 まさか、外に出たのか。
 思わず眉間に皺を刻む。しかし、その考えを元就はすぐに否定した。つい先ほど、大谷を迎えに来た石田とちょうど入れ違いに帰って来たのだ。外への興味を現実へと移すほどの時間は経っていないはずである。現に、廊下の先からは、明かりが細く、漏れ伸びている。
 では、元就の帰りにも気づかぬ程、長曾我部は何をしているというのか。
 たんたんと足音を立てて一息に短い廊下を歩ききると、居間へ続くドアを開け放つ。はたして長曾我部はそこにいた。床に寝ころび、白い頭は下を向いて熱心に何かを見つめている。編みかけのレースが脇に放っておかれていた。わからぬところでもあるのかと、少し、納得をして、元就が足を踏み入れた、その時だった。
「毛利元就」
 ぐらり、と足元が崩れた。

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2011/11/04

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