御堂の灯11

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三吉三 / 妖怪パロ

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 竹林のなかばまで来たところで、不意に佐吉が立ち止まった。どうした、と声をかけるより先に、
「わすれものをした」
 わざとらしい言い訳が耳にとどく。
「わたしはもどる。きさまはここでまっていろ」
「ぬしは一体なにを……ともかく、何をわすれやったかは知らぬが、わざわざもどることもあるまい」
 ここまで来て何を言い出すのか。もはや帰って眠るだけだと言うのに。
 いつもより、更にたどたどしくなる物言いに、気づかぬふりをして吉継は言い返す。だいたい、法堂を出た時から、くじに灯籠しか手にしていなかったはずである。嘘をつくにしてももう少し上手い言い様もあるだろうに、生来、真しか口にできぬ佐吉にはこの一言を捻り出すだけでも大層な苦労らしい。動揺の為か、手元が落ち着きなく動いているのが揺れる灯りで見てとれた。
「しかし……しかし……」
「明日になれば、われもともにさがしてやろ。こうくらくては見つかるものも見つからぬわ、なァ?」
 不得手な嘘をついてまで、一人、御堂なんぞという何もない場所に戻りたがる、その理由が気にならなくもない。だが、もはや吉継にはこれ以上、闇のなかにとどまり続ける気など毛頭なかった。それこそ一刻も早く布団にもぐりこまなければ、歩きながら眠りに落ちてしまってもなんの不思議があろうという体裁である。さっきから、欠伸ばかりがひっきりなしにこぼれ落ちていた。
 付き合いきれぬと無理無理に、佐吉の腕を強くひく。
「……だめだ! やはりゆるさん!」
 叫ぶように佐吉がそう言って、灯籠の灯がぐらりとゆれた。掴んでいた手は振り払われて、代わりに腹の辺りにぐいと押しつけられた灯籠を吉継は慌てて抱き止める。乱暴な仕草に灯が消えてはどうすると、文句を言おうとしたところで――もう、佐吉はいなかった。
「佐吉! もどりやれ、佐吉!」
 呼ばう声は闇に飲まれて帰らない。思わず一歩、踏み出していた足は深すぎる闇に怖じけたように後ずさった。
「佐吉!」
 聞こえないはずがない。そうすぐには声も届かぬほど遠くへは、いくら佐吉の足が早くても行けはしないのに。だのになんの音沙汰もないとは、どういうわけか。
 真っ先に頭に浮かんだのは、そんなわけがない、というなんの意味もない否定の言葉だった。
 いつだって、佐吉は言っていたではいか。すぐ先にも、確かに口にしたはずだ。
「守る、と」
 言ったでは、なかったのか。
 ざわざわと、竹の葉が鳴る。耳に届くのはそれだけだった。

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2011/12/18

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