治部殿狐2

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三吉三 / 人外 / 文学パロ

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 懸念も晴れ、幾分か穏やかな表情を浮かべる主を見て、左近もまた、常人には見えぬ顔ににこやかな笑みを貼り付ける。それにつけても、主の真面目なのを捕まえて無理難題を振りかける、陸奥守のよくもまあ意地の悪いこと。とはいえ、多少の意地の悪さは人の世でも妖の世でも必要にはかわりなく、むしろ主も陸奥守から、そのような処世の一つも学ぶべきであろう。
「おや、言うなりに帰って参りました」
 欄干に寄って外を眺めていた兵庫が声をあげる。あれに、と指差すその先には、紛れもない、立派な白鷹。
「あれか」
「そうでござる」
 人の群れが一筋になって野を渡る。鷹狩りの一行らしく、勢子共、弓衆、鉄砲衆と仰仰しく引き連れて、そうして中程にいる馬上の男が錦城が主、その人である。
 この錦城に普段、主が住むことはない。遠く武州は江戸、江城に起居しておる。などかは主も左近も知らぬ。けれど、もうこの城が出来た頃には、そう決まっておったのだ。主がいくら変わろうと、天守が静けさを保っていられるのもその為である。時たまこうして、騒がしいこともあるが。
「主の帰りに雨に降られて、急いで帰ってきたと見える」
「それは重畳」
「しかし、どうされる」
 年若い兵庫が聞くのに、にやり、と左近と喜内が笑う。彼が主は処世の技こそ持ちあわせぬが、人のだまくらかすぐらいは出来ることの内にも入らぬ。
 するり、と主の肩から紫苑の打ち掛けが滑り落つ。淡い藤の上衣の袖を、広げるように腕を伸ばす。そこへどこからともなく、紅い蝶が、ひらひらひら、と。
 それ、人間の目には朱鷺にも見えよう。
 さっと鷹が飛んでくる。それを片手でぱっと捕らえる、主の足の早いこと。瞬き一つ、し終えぬ間に主の白い腕の上に、真っ白な鷹が一羽、止まっている。
「これを、陸奥に」
 はっ、と言って、押し頂き、兵庫の声は天守から消えた。

 その晩のこと。
 ぎしり、ぎしりと天守の隅、下の四重に通ずる梯子の鳴る音に、主は振り向きもせず熱心に書を認めている。
 かたり、と雪洞が床に置かれる。次いで、ヒュッ、と息を飲む声。
「何の用だ」
 冷たく言って振り返る、主の目に映ったのは、ちいとも人相の伺い知れぬ、まるで人形のような男の姿だった。

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2011/05/03

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