治部殿狐4

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三吉三 / 人外 / 文学パロ

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「貴様は何を言っている」
 まるで途方に暮れたように、人外は言う。
「私は貴様を喰ったりはせん」
「左様か、それもそうよな」
 言って、吉継は何事もなかったかのように布を被り直す。己に向けられる人外の何か言いたげな目はきれいに無視し、口元もまた、同色の布で覆い隠す。
「このような気味の悪いモノ、いくらぬしさまでも食う気も失せようなァ。いや、これは失敬」
 ヒヒヒといつものように笑い飛ばせば、良かったものを。
「気味の悪い? どういうことだ」
 心底わからぬ顔をして、小首を傾げてみせる、人外のなんと質の悪いことか。
 すっと通った鼻筋に秀でた眉、女々しくはないがけして粗野でない繊細な造形は、まさに美丈夫というに相応しい。白銀の髪に琥珀の瞳も、その美しさに拍車をかける。これが人の美しさではないことは明明白白であったが、それでもやはり見とれてしまいそうになる己に、吉継は内心苦笑した。
 己は二目と見られぬ面をしておきながら、他人の美しさに見とれるとは。
「人の世では、貴様のような者を指して気味が悪いとそう言うのか?」
「人の世となァ。妖の世では違うのか」
 しかつめらしい顔をして聞いてくる人外が、なにやら可笑しくある。
 人の世も妖の世もあるものか。吉継のコレは不治の病である。たとい人以外には移らぬとても、崩れた顔が違って見えるとも思えない。それとも、人と人外の瞳とは見え方からして違うものかしら。
「他は知らん。だが、私は貴様を美しいと思う」
 吉継は目を見開いた。ついで、呵呵大笑。
「これはコレは! ぬしさまの冗談はちと下手すぎよ。ならば、われの美しさとやらに免じて、頼みの一つも聞いてくれるか」
「私に叶うものならば」
 これまた生真面目に返す人外に、吉継の笑みがますます深くなる。
「何の不便もありはせぬ。ただな、こちらへ逸れた白鷹の行方を聞きたい、それだけよ」
 しかし、白鷹、と口にした途端、それまで何の表情も浮かばずにいた人外の顔に、ふと困惑の色が滲んだ。
「……知らん」
 嘘とすぐにわかるような嘘である。まったく可笑しな人外である。人外というからには、人を騙してしかるべきであろうに、この人外は冗談も下手くそな上に嘘もろくに吐けぬと見える。
「それは困る」
 人間の吉継の方が百倍は上手かろうな、という程に。

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2011/05/07

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