治部殿狐5

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三吉三 / 人外 / 文学パロ

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「われは当城太守に仕える武士の一人、大谷刑部吉継と申す」
 何を思ったか、きちり、布を巻き付け直した侍が改めて名を名乗るのを、三成は黙って受けていた。そうでなければ今すぐに、邪魔な布切れを剥ぎ取って、その顔をとくと眺めやりたいと思っていた。何故に布など巻いて隠すのか、三成にはさっぱり分からぬ。
「百年以来、二重三重までは格別、当御天守五重までは生ある者の参ったためしはあるまいが、今宵、大殿の命により見届けに参った次第にて」
「では、貴様の用は済んだか」
「イヤイヤ、ここからが本題。先の白鷹というのがな、実はただの鷹にあらず、大殿秘蔵の日ノ本一の白鷹よ。それが鷹狩りの最中、逸れてこの辺りに隠れたと見えてなァ。なんとしても行方を探せと仰る」
「鷹など知らんと言っているだろう」
 殊更素っ気なく言って目を背ける。あの白鷹は陸奥守にやってしまった。返せと言われて今更返せるものではない。
「ほんに困った、コマッタ」
 再び言って吉継は頭を振った。
「たかが鷹一羽が為に、腹を切らねばならぬとはなァ」
 ケラケラと笑ってはいるが、その内容は到底笑えるものではない。三成が少しばかり目を離している隙に、人とはおかしな生き物になったらしい。己の命を笑い物に出来るとは。
「用はそれだけか」
「別に余の儀は承りませぬ」
「では何故、貴様は腹を切らねばならん。鷹一羽の行方など、どうにでも言い訳がつくだろう。翼あるものは人間ほど不自由ではないからな」
 芸州にでも物見遊山に行ったのかもしらん、と言えば、白黒反転した瞳が楽しげに歪んだ。
「ハァ、芸州」
「たとえだ。私は知らん」
「左様、ぬしさまはご存じでない」
 ヒヒヒと笑う吉継に、何もかも見抜かれているのかもしれん、と三成は思った。人間に知られたところで何を困ることもないが、このおかしな侍が鷹の行方を知ったところで何をするかは興味がある。
「して、貴様はどうする」
「どうとは」
「五重に参って、見届けた上、どう計らえとも言われなかったか」
「イヤ、承りませぬ」
「では、貴様も、見届けてどうしようとも思わないか」

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2011/05/09

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