治部殿狐6

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三吉三 / 人外 / 文学パロ

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 きょとんと目を丸くしていたかと思うと、次の瞬間には吉継は身を震わして大笑していた。ヒッ、ヒッ、と息のかすれる音ばかりが天守に響く。
「われの一存にて何事も決められるわけがなかろう。御天守はわれのものでなし、殿様のもの故なァ」
 愉快ユカイと笑う吉継に、三成は突如として、キッと鋭い目を向ける。
「聞き捨てならん! この天守は太閤さまより私が預っているものだ。太守なんぞのものではない」
「いずれにせよ、われのものではないな。それで十分よ」
 まだ何か言いたげな三成からするりと言い逃げて、吉継は笑みの残滓を唇に乗せる。主たる太閤を蔑ろにされたとなれば、狂気の如き情熱でその相手を断罪するのが三成の常であるのだが、このような言い方をされては矛先の向けようがなく、戸惑いつつも仕方なしに口をつぐんだ。
「デハ、お暇申し上げまする」
「行くのか……待て、貴様、腹を切ると言ったのはどうした」
「アァ」
 心配して下すったのか、と男が笑うのが妙に癪に障って、三成はあからさまに顔をしかめた。平生の三成は人間の生き死になんぞには興味がない。城主が替わろうが、天下に大乱が起ころうが、太閤の御為と身を粉にして働く以外には関心もないのである。
 が、この男の生き死にだけは何故か不思議と気になるのだ。言葉を交わした所為やもしれぬ。
「仔細あって殿様の御不興を買いもうしてなァ、切腹もうしつかるところ、誰もお天守に上る者のいないゆえ、われが参ることにあいなりもうした。鷹が見つかれば切腹は取り止めてやると言うてなァ」
「では、貴様は腹を切りに下りるのか」
 鷹がここにはない限り、吉継が死ぬは必定である。ならばこの天守を下りる時が吉継の死に時である筈なのだが、目の前の侍はまるで他家を辞するような風に暇など言い出すものだから、三成も困惑するのである。
 それとも、と三成は思う。
 彼の主は腹を切っても良いと思うほどの名君なのであろうか。三成とて、侍にはあらずとも主がいる身ではある。もし主たる太閤に腹を切れと言われれば、三成はきっと腹を切るであろう。

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2011/05/12

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