治部殿狐7

*

三吉三 / 人外 / 文学パロ

*

 しかし予想に反して、吉継は笑って三成の言葉を否定した。
「今更惜しむ命でもあるまいが、むざむざくれてやるには勿体ない。そうよなァ、ここに来るので約束の半分は済ましたのだから、命の半分は助けてもらわねば、甲斐がなかろう?」
「半分、腹を切るということか?」
 それはやはり、死ぬのではなかろうか。
 間の抜けた問いをいたく真面目な面でする三成を見て、吉継はますます笑みを深くする。
「ヒヒッ! これほど笑わせてもろうたは久しぶりよ。ぬしさまはイヤ、まったく冗談がお上手」
「貴様、先に下手だと言ったではないか」
「アレ、それこそ冗談よ、ジョウダン」
 吉継はおどけ、三成はむくれる。そうこうしているうちに、両者、互いに名残惜しくなってくる。
 けれども、いつまでもこうしている訳にもいかぬから、吉継はしぶしぶと立ち上がった。
「ともかくも、下りていきなり切られるということもあるまい。死人でなければ、いくらでも舌も回ろうよ。お名残惜しゅうありますが、無事長らえたその時は、またお目通り願い申し上げまするゆえ、な」
「いや、来るな」
 先ほどまでの打ち解けたのが嘘のようにして、三成がぴしゃりと拒む。吉継は思わず眉を寄せたが、あいにくに被った布の所為で端からそれが見えることはなかった。ただ、不機嫌な様子は伝わったのであろう、言い訳のように、
「ここは人間の来るところではない」
 三成が――この者には珍しく――ぽそぽそと言った。
「われが人間に見えるか」
「見える」
 今度はきっぱりと言った三成に、吉継はちらりと恨めしげな視線を送る。はぁ、と一つため息を吐くと、雪洞を掲げて立ち上がった。袴の裾から覗く足の先までも、白く晒しが巻いてあるのを、その時初めて三成は認めた。
「ぬしの姿を見たを太守に申し上げて障りはないか」
「構わん」
 もう一度こちらを見ないか、と三成は思う。これっきりだというのに、なぜか吉継は顔を背けたまま、三成を見ぬ。そのまま、御免、と短く言ったかと思うと、衣擦れの音をさせて行ってしまった。三成はしばらくそちらの方を見ていたが、やがて文机に向き直り、再び筆を手にとった。
 さらりさらりと、紙の上を筆がなめる音だけが天守に響く。

*

2011/05/17

*

+