治部殿狐9

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三吉三 / 人外 / 文学パロ

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 主従は黙って向き合っている。階下の騒ぎは更に喧しさを増してくる。ガチャガチャと具足の鳴る音がして、火の燃える臭いが天守まで上がってくる。
「いらん、と言ったら」
「あの男、死にましょうな」
 表情は変わらぬながら、ぴくり、と三成の眉がわずかに跳ねた。
「何故だ。鷹を見失ったからか」
 主の問いに左近がカラカラと笑う。馬鹿にした響きはない。ただ、年長の者が年少の者に向ける、微笑ましい、といった笑いである。
「もし責任を感じておられるなら、それは要らん気遣いです。あの男は、元より死ぬことに決まっていたのですから」
「何故だ」
「別段、意味はありません。人間なんぞという生き物は、大した意味もなく死ぬものです」
 だからお拾いなさい、と左近は優しい声音で囁く。要するに、この臣下供は主を甘やかしたいのである。欲少なく、主人の役に立つことの他に何の関心も持たぬ主が、珍しく興味を示した相手だ。獣だろうと人間だろうと、そもそもこのまま逃がしてやるつもりはない。
 あとは、主が行けと言うのを待つばかりである。
 だのに、何をためらうことがあるのか、三成はぐっと唇を引き結んだまま黙っている。主がいらぬと言わぬ限り、あの男の命も続くだろうが、それでは左近が面白くない。気の長い方ではない喜内などは、先ほどからそわそわと落ち着きがない。もっとも、主が気づいているとも思えぬのだが。
「死んだらどうなる」
「土塊になりましょうな」
 人の生死など珍しくもない主が、わかりきった問いを投げてくる。それとも、本当に知らずに問うているのだろうか。
 主にとっては今日初めて、人という物を知ったようなものであるのかもしれなかった。
「人を土塊にするは容易うござるが、土塊を人にするとなると……ちと、難しゅうございますなぁ」
 三成の、琥珀色の瞳がふっと揺らぐ。左近の唇がわずかに歪む。
「そう悩まれますな、殿。誰もなにも咎めやしません。人一人、生きようが死のうが、どうでもいいことじゃあありませんか」
 マ、早に助けねば、そう遠からず死にましょうがな。
 うそぶく左近の視線の先で、三成の唇が震えている。たった三文字、三文字の言えぬ主に、左近はその三文字を言って欲しい。
「……欲し、い」
 がくり、と三成の頭が落ちるのを見て、左近はにんまりと笑みを浮かべる。
「承知つかまつりまして。喜内!」
「応」
 ぱっ、と引き絞られた弓から矢が放たれるように、天守から影が一匹飛び出していく。
 陸奥守に感謝せねばならんのかな、と笑みを顔にはいたまま左近は思った。

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2011/06/05

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